10.テディ、隊員達とデイモンを見守る。
「あぁー」
獣舎へと続く扉の前にいたテディ達第四番隊隊員は、一斉に溜め息を吐いた。
扉の隙間からは、しゃがみ込んだデイモンが、若干項垂れているのが見える。
デイモンのすぐ傍では、カンガルーのマリアが『なんか、すいません、うちの子が』とでも言わんばかりに、識別タグの付いた耳を伏せていた。
「もー、駄目だっぺよデイモン隊長。そんな顔じゃあ猫っ子が怯えるに決まってっぺ? せめて笑顔を向けるだよぉ」
「いや、でも、デイモン隊長に笑顔向けられた所で、怖いもんは怖いんじゃねぇの?」
「あー、恐怖の大魔王があくどい笑みを浮かべてるみたいな?」
「そうそう。大体、あの威圧感をどうにかしねぇと無理だろ。俺だって、あの目付きの悪さで見下ろされたら、正直ビビるし」
「そんでも、もうちょい顔の筋肉緩めたっていいっぺよ。どう見ても、三割増しで引き攣ってるべ」
「緊張してんじゃね? もしくは焦ってるとか。俺達が着々と猫と交流を深めていってるからさ」
「あー、あるなそれ。俺も、お前らから猫に触れたって聞いた時、焦ったもん。こうしちゃいられねぇってさ」
「だからって、こっちの都合で変な態度ばっか取られちゃあ、猫っ子が可哀そうだっぺ。ただでさえ人間不信気味なんだからよぉ。これ以上委縮させちゃあ駄目だべ」
テディは太い眉を八の字に下げる。口角も下げ、珍しく遺憾の意を表す。
「でもさぁ、デイモン隊長だって、そこそこ頑張ってると思うぜ? 猫と目を合わせないようにしたり、密かに『みゃ~』の練習したりさ。しかもさっき持ってた玩具。あれ、多分個人的に買った奴だぜ。道具置き場で見た事ないし」
「当人としては、色々準備してきたんだろうな。今日も朝からずっと上の空でさ。ハーバード副隊長に何度も怒られてんの。きっと猫との触れ合いをシュミレーションしてたんだと思う。そうして万全を期した結果、こんな残念な事に」
「もういっそ、テディが直々に猫の扱い教えてやったら? そうしたら、少しは良くなるんじゃねぇの?」
「いや、それはどうだ? デイモン隊長としては、俺達に気付かれないよう、猫を可愛がりにきてるつもりなわけだし」
「でも、今の時点でもう皆にバレてんだからさ。いいんじゃね? ぶっちゃけ隊長のプライドよりも、猫の心の安寧の方が大事だし」
「まぁ、それはそうだけど」
あーだこーだと案を出してみるも、これぞというものは中々見つからない。
「――兎に角、何かしらの対策はしないといけないよな」
「んだんだ。あのままじゃあ不味いべ。デイモン隊長にとっても、猫っ子にとってもよぉ」
「でもそうなると、一体どうするんだって話に戻らねぇ?」
「そうなんだよなぁ。はぁー。いっそデイモン隊長が、素直に聞きにきてくれればいいのになぁ」
「……悪かったな。素直じゃなくて」
突如割り込んできた低い声に、第四番隊の隊員は、一斉に肩を跳ねさせた。
いつの間にか、獣舎に繋がる扉から、デイモンが出てきている。
「あ、デ、デイモン隊長。お疲れ様ですだー」
あははーと空笑いを浮かべ、テディ達はぺこぺこと頭を下げる。
デイモンは溜め息を吐き、徐に目を反らした。
「……誤解があるようだが、私は別に、猫を可愛がろうとしているわけではない。ただ、少し気になる事があるから、確かめる為に観察しているだけだ」
誰も聞いてもいないのに、言い訳めいた事を言い始める。
テディ達は、密かに顔を見合わせた。
「それ以上でも、それ以下でもない。分かったな」
「あ、は、はい」
デイモンは頷くと、隊員達の前を颯爽と通り過ぎていく。
「……なぁ。あれってよぉ」
「あぁ……」
どう見ても言い訳だよな、と、視線で会話を交わす。
さもありなん、と頷いていると。
「おい」
唐突に、デイモンが振り返る。
テディ達は、瞬時に姿勢を正した。
デイモンは、切れ長の目をしばし彷徨わせた後、つと、呟く。
「……お前達から見て、あの猫は、何足で歩いている?」
「え? な、何足で、だか?」
不思議な質問に、この場にいる隊員は首を傾げた。
「何足って……そりゃあ、四足、だべなぁ?」
テディの言葉に、一同は首を縦に振る。
「……そうか、四足か……分かった」
そう言うと、デイモンは今度こそ去っていった。
遠ざかる背中を見送り、残された隊員は顔を見合わせる。
「……何だったんだべ? 今の質問は」
「さぁ……」
猫が何足で歩くかなんて、言われなくとも分かるではないか、と、一同は首を傾げた。寧ろ、デイモンには四足以外に見えているのか、とさえ思う。
「……デイモン隊長、疲れてんだべか?」
「まぁ……俺達隊員よりは、仕事量も多いだろうしな」
「癒しを求めようにも、猫の態度があれじゃなぁ……」
何となく、しんみりとした空気が流れる。
「……取り敢えず、もうちっと優しくするっぺよ」
誰に、とは言わない。
だが全員、深く頷いた。
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