2.デイモン、群れのリーダーを叱る。
満月のとある夜。
エインズワース騎士団の第四番隊隊長であるデイモンは、定例会議を終え、第四番隊の隊舎へ戻ってきた。すれ違う隊員達と挨拶をかわしつつ、執務室へと向かう。
その途中、巡回に行っていた隊員とカンガルー達が、中庭を横切っていくのが見えた。
カンガルーの耳には、『エインズワース騎士団第四番隊
「あ、デイモン隊長。お疲れ様ですだ」
「あぁ、お疲れ様。どうだった、今日の見回りは」
「あー、そう、だっぺなぁ……」
テディは太い眉を下げ、困ったように笑う。
「まぁ、問題は、なかっただよ? 見回りに関しては。な?」
同意を求められ、他の隊員達も苦笑を浮かべた。
何とも含みのある言い回しに、デイモンは片眉を持ち上げる。それだけで、比較的強面な部類の顔立ちが、一層厳ついものへと変わった。
しかし、テディ達は特に怯む事もなく、慣れた様子で笑っているだけ。答える代わりに、一匹のカンガルーへ視線を向けた。
一際大きく、逞しい雄のカンガルーだ。体格は勿論、脚力も強く、敵と対峙すれば、誰よりも鋭い蹴りをお見舞いする。また頭も良く、彼の機転にはデイモンも何度となく助けられてきた。
魔力も高く、土属性の魔法を使わせたら群れ一番の腕前。情に厚く、妻と子供、そして仲間を大切にする、正に隊獣のリーダーに相応しい存在だ。
そんな彼は、リーダーとして、皆を引っ張っていくのが常である。巡回の時だけでなく、普段群れで行動する際も、当然先頭に立って、堂々と進んでいくのだ。
その、筈なのだが。
「……おい、パーシヴァル」
デイモンがリーダーの名前を呼べば、何故かこの場にいるカンガルー全員が、ぴくりと体を揺らした。それぞれ明後日の方向を向いて、落ち着きなく耳や尻尾を動かす。
パーシヴァルの耳も、頻りに動いた。大きな体を何故か小さく丸め、仲間の後ろへ隠れるように佇んでいる。
しかし、デイモンはしかと見ていた。
「お前……何故先程から、腹を押さえているんだ?」
パーシヴァルの耳が、一際大きく跳ねた。しかし、素知らぬ顔で地面を眺めている。
前足を、腹の前できちんと揃えたまま。
デイモンは、ゆっくりとパーシヴァルへ近付いていく。他のカンガルー達がさり気なく進路を塞いでくるが、デイモンは構わず進んだ。パーシヴァルの真ん前までやってくる。
あり得ない程地面を凝視するカンガルーを一瞥し、次いで、視線を落とした。
パーシヴァルの腹が、不自然に膨らんでいる。
よく見れば、前足で押さえていたのは、腹ではなく、腹に付いている袋の口だった。
まるで、中に入れたものがデイモンに見つからないよう、必死で隠しているかのようである。
「……お前、何を拾ってきたんだ」
返事はない。
パーシヴァルは、ただただ頭を下げ、地面を見つめ続ける。
そのまま、しばし沈黙が流れた。
と。
『……ピュゥ……』
どこからともなく、か細い鳴き声が、上がった。
パーシヴァルの腹の膨らみも、もぞりと蠢く。
「……」
デイモンは、ゆっくりとパーシヴァルを見やる。鋭い目を細め、一層尖らせた。
パーシヴァルは、耳を立ち上げたまま、固まっていた。かと思えば、識別タグごと静かに耳を伏せていき、俯いたまま、そっと口を開く。
「……グ……グピュルゥゥ……」
無理のある音域で、鳴いてみせた。
出来損ないの子猫のような声に、デイモンの眉間へ、きつい皺が刻まれる。
「出せ」
「グ、グオゥッ」
「いいから出せ。どうせまた拾ってきたんだろう。今度は何だ? 捨て犬か? 捨て猫か?」
「グゥ、グルゥゥッ」
「いや、この際種族はどうでもいい。問題は、お前がまた生き物を拾ってきたという事だ。一体これで何度目だ? 私がここの隊長になってから、ゆうに両手の指では足りない程拾ってきているじゃないか」
「グ、グググゥ……」
「嫌じゃない。出すんだ。前回も、その前も、これで最後にすると約束しただろう。なのにお前はまた破って」
「グオゥ、グルルゥ、グアゥッ」
「分かっているなら、何故約束を破る。お前、言ったよな? 次は絶対に拾わない。見つけても触らない。万が一拾ってしまっても、元の場所にきちんと返してくると。そうだな?」
「グ……ウゥゥゥ」
「そうか、分かっているのか。それは良かった。では、今お前がやるべき行動は何か、勿論分かっているんだろうな?」
「グ………………グゥッ!」
「あっ、こらっ! 逃げるなパーシヴァルッ!」
勢い良く飛び出したカンガルーを、デイモンは追い掛ける。だが、他のカンガルー達が体当たりを仕掛けたり、壁となって行く手を阻む。
「グルアゥッ!」
パーシヴァルが、尻尾を大きく振り回した。
途端、地面が勢い良く盛り上がる。
デイモンの進路に、突如土壁が立ちはだかった。
ぶつかりそうになったデイモンは、慌てて減速し、土壁へ両手を付く。
その間に、パーシヴァルは仲間を引き連れ、獣舎の方へと逃げていった。
「こらっ! 待てお前らっ! 駄目だと言っているだろうがぁっ!」
遠ざかるカンガルー達と第四番隊隊長を、テディ達隊員は、苦笑いしながら見送った。
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