チンパンジー侍

 むかしむかしあるところに、一匹のチンパンジーがいました。チンパンジーは森で呑気に暮らしていましたが、ある日、人間達によって捕まってしまいました。船に載せられたチンパンジーは、国境を越え、商人から商人へと売り渡され続けた結果、生まれ故郷から遥かに遠い異国の土地、日本までやって来ました。チンパンジーはそこでお殿様のペットとして飼われることになりました。ところが、いつの時代も物珍しさで飼ったペットを棄てる悪い奴はいるもので、お殿様は育てるのが面倒だとチンパンジーを追い出しました。

 追い出されたチンパンジーは町中に出ると、お店に跳び込んでは、食べ物を奪って暮らしました。町の人々はチンパンジーの被害でほとほと困っており、商品に手を付けられた損失を増やさないために、退治にやっきになっていました。とはいえ、生き物を殺すには忍びなく、籠や網でチンパンジーを捕らえようとしたのですが、相手は素早く強いため、無理でした。とうとう怒りが頂点に達し、もう我慢が出来ないと町の人々は刃物を手に取って、チンパンジーを殺してしまおうと話し合い始めました。すると、そこへ気の良いお侍さんがやって来ました。

「人が居場所を失えば荒むように、猿も荒んでいるのさ。ここはひとつ、私に任せちゃくれないかな。悪いようにはしないからさ」

 お侍さんは町の人々に今までの被害分のお金を与えると、チンパンジーを果実で釣って引き取りました。お侍さんは昔、浪人で苦労していた経験があったので、泥棒をしないと生きられないチンパンジーをどうしても助けてやりたいと思ったのです。チンパンジーは親切なお侍さんの愛情と躾のお蔭で、町の人々に対して礼儀正しく振る舞う、穏やかな気性の猿となりました。町の人々も、心を入れ替えたチンパンジーを愛するようになり、もうすっかり町の住人の一人と認識していました。ところが、ある日のこと、町に辻斬りが出るようになりました。

 辻斬りに怯える町の人々を救うために、気の良いお侍さんは夜にも外に出て、夜回りをしました。すると、やはり辻斬りが現れ、斬り合いになりました。お侍さんは酷い怪我を負い、寝込みました。チンパンジーはお侍さんの苦しむ姿に涙し、一生懸命看病しました。なれど、お侍さんは辻斬り問題が気がかりで毎日呻いていました。すると、チンパンジーは自分が辻斬りを倒し、お侍さんを安心させようと思いました。

 チンパンジーは早速、お侍さんの服をダボダボのまま着ると、重い金属の刀に代わって、お侍さんが浪人時代の頃の竹光を掴み、辻斬り退治のため、夜回りに出ました。悲鳴が聞こえた先で、待ち構えていた辻斬りと対峙したチンパンジーは、小ささと素早さを活かし、足、肩、手首の順で竹光を突き刺し、辻斬りの動きを封じて、倒しました。チンパンジーは奉行所に辻斬りを突き出すとお代官様から山のような褒美をもらって、お侍さんの待つ家に帰りました。それから、お侍さんの怪我と生活は以前と比べて遥かに良くなったそうです。

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習作掌編小説まとめ・昔話&童話 天海彗星 @AmachanKantai

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