夜の歌声
むかしむかしあるところに、小さなお城が有りました。お城のお殿様は、民に尽くす名君と評判でした。更にお殿様の優しさは家族にも捧げられ、中でも娘のお姫様には格別の愛情を注ぎました。お姫様はお殿様から受けた愛情を倍にして、民や花、動物達に捧げる、心優しい女性に育ちました。ある時、田んぼの測量のため、立ち寄った村で、子供達がおたまじゃくしをいじめていました。お姫様は悲しくなりました。
命を弄ぶのはよくない、とは思ったお姫様は、子供達に対して、おたまじゃくしをいじめないように、とお願いしました。けれども子供達は一度いじめると楽しいからやめません。お姫様は袖から綺麗な高級の髪留めを取り出しました。お姫様は、お殿様から貰った、この大事な宝物を、子供達に差し出す代わりに、おたまじゃくしの命を奪わないように、お願いしました。さすがに子供達は断り切れず、承知しました。
さて、それから月日が流れて、世は荒れて、いくさの絶えない時代になりました。乱暴な国が力をつけ、各地を侵略し、大きな国になると、その魔の手が、お姫様の住む、豊かで小さな国を狙うようになったのです。小さな国は貢ぎ物を出すことで見逃してもらおうとしてみますが、大きな国は満足しません。苦悩の涙を流す小さな国のお殿様に対し、お姫様は自分を大きな国に嫁がせるように、とお願いしました。
お殿様にとって、大事な娘を差し出すのは辛い選択でした。しかし、こうしなければ、大きな国に皆滅ぼされてしまうことは避けられません。お殿様は泣く泣くお姫様を大きな国に嫁がせる約束をしました。大きな国のお殿様は大満足です。お姫様とお殿様は毎日を泣いて過ごす日々が続きました。民もその心中を察して悲しみました。何故なら、大きな国のお殿様は暴君な上に、奥様も乱暴に扱っては、気紛れで棄てるという酷い人だったからです。それから約束の日の前日の夜が訪れました。別れを惜しむお殿様とお姫様のもとに知らせが入りました。
大きな国が攻めてきたのです。大きな国のお殿様は、侵略して欲しいもの全て手に入れようとしたのです。小さな国には耐えきれる兵力がありません。もはやこれまでか、と思われたその時でした。田んぼを歩く大きな国の兵隊達は不気味な歌声を聞きました。それは兵を高揚させる歌でした。大きな国の兵隊達が待ち伏せだと気づいた時には既に遅く、謎の軍団が襲い掛かりました。次々倒れる兵隊達を見捨てたお殿様が逃げようとすると、家より大きな影が立ち塞がりました。影からは長い舌が伸び、お殿様を絡めるとそのまま深い闇へ飲み込みました。
明くる日、籠城していたお姫様とお殿様と家臣達が恐る恐る田んぼを訪れると、大きな国の兵隊達の遺体に混じって、沢山の蛙達の遺体が転がっていました。更に田んぼから、家より大きな蛙が姿を現し、大きい国のお殿様の愛刀を苦しそうに吐き出すと、口から血を流して死にました。助けたおたまじゃくしだと気づいたお姫様は、お坊さんに頼み、お寺の一角に蛙達の墓を作ると、自ら読経し、丁重に弔いました。
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