まんいんでんしゃ

 むかしむかしあるところに、若いサラリーマンがいました。若いサラリーマンは毎朝毎晩、ある路線の電車で通勤していました。この路線の電車はいつも満員で、若いサラリーマンは肺を潰しながら息も絶え絶えに通勤していました。会社のある土地へ向かうための路線は他にも幾つかあるのですが、会社から「一番値段が安いから」という理由で指示された経路だったので、若いサラリーマンは逆らう訳にも行かず、毎日耐えながら職場に通っていました。そのため、若いサラリーマンはいつも職場の行き帰りの時点でいつも満身創痍でした。

 ある日のこと、未曽有の大雨が降り注ぎました。洪水が頭から降ってくるような大災害でしたが、この頃の会社員というものは、仕事があれば決して休むことは出来なかったため、皆ずぶ濡れになりながら働いていました。若いサラリーマンもまた会社で仕事があったため、大雨にも関わらず通勤しました。ところが、大雨のせいで、通勤に電車を使う人々が増えてしまったために、満員電車は一切の隙間の無いほどぎゅうぎゅう詰めになっていました。若いサラリーマンは乗り込もうとするも、入りきらず、見送るしかないことが何回もありました。

 流石にこのままでは出社時間に遅れてしまうと若いサラリーマンは思い、隙間を見つけて満員電車に乗り込みました。すると、そこへ次々に新しい乗客がドッと押し寄せて、若いサラリーマンを四方八方から押し潰しました。普段ならば身体が痛い程度で済んだのですが、運が悪いことに、あまりの沢山の人々に圧迫されたために、若いサラリーマンは胸の骨を折ってしまいました。しかも、骨は肺に突き刺さっており、若いサラリーマンは口から血を吐きました。ところが周りの人々は通勤で忙しく、若いサラリーマンが助けを求めても、知らんぷりです。

 とうとう、若いサラリーマンは、肺に溜まった血で息が出来なくなって、死んでしまいました。遺体が家族のもとに引き取られた時には、身体中に満員電車の人々に踏まれた足跡で汚れていました。若いサラリーマンが電車内で流した血は鉄道員によって洗浄されましたが、何故かほとんど落ちませんでした。それから暫くして、同じ電車が満員になったことがありました。この日もやはり大雨の日で、中には若いサラリーマンと同じ会社の社員達も混じっていました。皆、満員電車を乗り切るのに必死で、周りで何が起こっているかお構いなしでした。

 すると、電車は走っているのにも関わらず、どんどん乗客が増えているかのように、窮屈になるのです。その時、若いサラリーマンの通勤経路を決めた社員が、あることに気付きました。四方八方の電車の壁が、乗客を押し潰すように、迫って来ているのが見えたのです。壁からはかすかに「助けて」という掠れた声が聞こえました。次第に電車内は口から血を吐く人々で溢れました。乗客は皆、肺に胸の骨が突き刺さっていました。誰もが助けを求めるものの、身体は動かせず、声も届きません。電車が駅に着くと、開いた扉から死体の山が雪崩落ちました。

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