第24話 博士の助手探し

 燃え上がる焚き火が、魔族の村の広場を赤く染める。

 すりばち状に積み上がるまきに腰掛けるユヅルは、『強欲領主に拉致された姫さまを無傷で奪還祝い』のうたげの面々を見回した。

 大きな鍋に行列の子供たち、酒が入って大笑いの男どもから離れて一塊の静かな級友たち、そこへ給仕のアニュレが料理を配り。

 肉皿を手に、姫ことウィオラはユヅルの隣に腰を下ろした。


「あやつら、浮かれすぎじゃ」

「今日ぐらいはいいんじゃないの。すべての倒木をまきにして、納屋も建ったし」

「ーむ。ところで、そなたの友らは、身が凍える冬を越せるかの? 元の世界では貴族めいた生活をしていたのであろ」

「彼らのすべての面倒を見る義務はないし」

「であろの……」


 食事の手を止めて首をひねり、ウィオラは黒瞳こくとうをのぞき込んだ。


「内緒じゃぞ……あの暗殺者は好かん」


 音なく、ステラはユヅルの背後に腰掛けた。


「あら、それは残念なのだけれど」


 ウィオラは鼻をフンと鳴らして、


「相変わらず不気味じゃの」

「わたしがあなたを助けてさしあげたのに、感謝のひとつもないなんて」


 肉皿を置いて、ウィオラは立ち上がった。


「わらわを助けてくれて感謝する。これからも励むがよいぞ」


 深く垂れる長い黒髪に、ステラは冷笑を浮かべた。


「あなたのために働くつもりはないのだけれど……小さなお姫さま、よろしくね」


 じっとにらみ合う視線を、ユヅルは片手でさえぎり。


「はい、そこまで。二人とも、相談がある」


 ウィオラとステラの了解を取りつけ、ユヅルはいびつな劇場を移動する。

 一塊の級友たちの顔が持ち上がり、


「タケトシ博士、ちょっといいかな」


 ぽっちゃり男子は、立ち上がった。

 ユヅルは焚き火を指さし、


「向こうへいこう」


 タケトシ博士の助手を探しにまきのすりばちを半周、ユヅルの声かけより先に下段から黄色い歓声があがった。

 きゃーきゃー、魔族の乙女たちの半音高い声に迫られて。


「ユヅルさま! 殿下の別荘に住まわれるとか。わたし、掃除が得意です」

「魔王さま! わたしは料理が得意です」

「あたしは夜の仕事が得意です」

「えっ?」

「やだなぁ、勘違いしちゃいました? マッサージですからっ!」

「だ、だよねー。ところで彼の助手を探してるんだけど、君たち興味あるかな?」


 場は静まり、値踏みの視線がポッチャリ博士に突き刺さる。

 ユヅルはタケトシへ右手をひろげる。


「ほら、自己紹介」


 名前と年齢だけ、ユヅルは残念な言葉を引き継いだ。


「彼は鉱物に詳しい。たとえばこれ」


 祭服の懐から黒い石を取り出して、


「あー、知ってる。燃える石でしょ」

「目と喉が痛くなるんだよ」

「これはちがう」


 黒い石を足下に放る。

 焚き火から炎を分けて、石が赤く燃え上がった。


「無臭で無害の燃える石なわけよ」

「ふーん、でもまきで十分でしょ」


 タケトシ博士は口を開いた。


「不純物がないから燃焼温度がちがう。燃える石なら鉱石から金属の抽出が容易になる」

「えー、難しい言葉で何いってるかわかんない」


 だよねー、ねー、の合唱にタケトシ博士は沈黙。

 ユヅルは肩を落とした。面接するのは彼であって僕じゃない、けれど彼をあきらめるわけにはいかない。石炭採掘は金の卵だ。


 また別の日に、今夜を楽しんで——名残惜しげな彼女たちと別れ、静かな級友の一塊へ戻ろうとまきの階段を上る。

 袖を引かれ、ユヅルは振り向いた。


「あの娘がいい」


 ポッチャリ博士の視線の先、中段で腰掛け焚き火をみつめる銀髪の姉妹がいた。

 歩み寄り、声をかける。


「はじめまして、ユヅルです」


 その声に人見知りの、姉にすがりつく妹はまだ幼い。


「なにかしら」


 見上げるオレンジ色の瞳、半音下がった声音ににじむ警戒。


「彼の助手を探している。荷物持ちなど力仕事になるけど」

「魔王さまと結ぶ契約、ということかしら」

「いや、彼とだ。あと僕は魔王じゃないから」


 ポッチャリ男子をとらえて、目が細まり。


「デブはイヤ」


 タケトシ博士は身悶えた。


「それはそれとして、報酬はおいくらかしら」


 タケトシ博士は悲壮の顔を持ち上げる。


「月収は二十枚の金貨です」

「タケトシさぁ、君の給金の全てとか、冷静になろうよ」

「いいんだ、僕にはお金しかないから」

「そんなことないから! 君には金を産み出す鉱物の知識があるじゃないか」

「知ってた、ユヅルくんも僕じゃなくて金だけ」


 それきりうつむいてしまった博士に、ユヅルは深く吐息をついた。


「こんなことは言いたくないけど、言わせてもらう。他人の物差しで自分を計るのはみじめになるだけだよ。君は金で幸せを買えばいい」

「それは……イヤだ」

「なんで、そこにこだわるの? 元の世界に戻れないなら、いっぱいお金を稼いで楽しく暮らすしかないでしょ。なぁ、はかせ、頼むよ——」

「…………」


 オレンジ色の瞳に、ユヅルの焦りが映り。


「わかりました、魔王さま」

「はい?」

「そこのデブ、顔をあげて」


 持ち上がった泣き出しそうな顔を、姉はみつめた。


「契約期間は半年、お金はいりません。その代わりに殿下の別荘でわたしと妹の寝床を提供してください。それと、デブの食事と運動を管理します」


 コクコクと、ポッチャリ博士はうなずいた。

 ユヅルは小さく肩をすくめて、


「部屋が足りないから、一階広間の雑魚寝でいい?」

「イヤです。それなら、デブと同室でかまいません」


 タケトシ博士の瞳が輝いた。


「ぼ、僕もそれがいいです!」

「じゃ、契約成立ということで」


 ポッチャリ博士は、差し出された白の手をポッテリの両手で包んだ。

 だらしなく崩れたタケトシの顔、ユヅルの胸に一抹の不安がよぎる。

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