第25話 孤独の聖騎士

 うたげを終えて、ユヅル一行は松明たいまつを手に館に着いた。

 篝火かがりびが照らす庭の積み上がったまきの上から、小さな姫は腰に手をあてる。

 麻袋を背負う級友らを睥睨へいげいし、 


「よう、きたの。家なきあわれなものども歓迎するぞ。この館の主のウィオラじゃ」


 緑にのまれた三角屋根の館を見上げての歓声は、すぐにしぼんで。

 ひとりの男子が手をあげる。


「それはありがたいんですけど、この人数で生活するには厳しいと思う」

「であろ、じゃから選ぶがよい。お金をもらって自由に生きるか、ここで暮らすか」


 しん、と静まりかえった。

 ユヅルは切り出す。


「残念だけど、空きの客室は二つしかない。暖炉つきの小屋を建てるまでは、一階の広間で雑魚寝になる」

「ちょっとー、男子と一緒はありえないだけど」


 そーよ、なんとかしてよ、女子の不満に、ウィオラは声を挟む。


「そこな、勘違いするでない。ユヅルはそなたらの父ではない。面倒を見る義理もない。イヤなら出て行くがよいぞ」

「わかった、男子は外で寝ればいいのよ」

「はっ? 猛獣に襲われるだろ」

「夜は見張りで、昼間に寝ればいいじゃない」

「なんだよそれ、自分の都合ばっかりじゃないか——」


 売り言葉に買い言葉の応酬、ユヅルは小さく首を横に振る。

 足音なく大きな杖を手に、ステラは級友の一塊に迫った。


「うるさいのだけれど……まばたきで天使に会わせてあげる」


 級友たちは口をつぐみ——篝火かがりびがバチっとぜた。



 寒い朝、ユヅルは目覚めた。

 天蓋てんがいつきの大きな寝台ならではの自由すぎる姫とアニュレをのけて、狭いらせん階段を下りる。


 薄闇に沈む一階広間の布で仕切られた男子の区画、寝袋からのぞく目当ての顔を探す。

 見つけた——頬をなぜて、


「ーんぁ、ユヅルくん、どしたの」

「話があるんだ、外へいこう」


 朝霧が残る仄青ほのあおい庭、積み上がるまきに二人は腰掛けた。

 ユヅルはバリバリの理系の彼へ話を切り出す。女に狂いそうなポッチャリ博士の予備が必要で。

 

「シオンくん、タケトシ博士の仕事を手伝って欲しい」

「うん、やるよ」


 石炭採掘の計画に、シオンは耳を傾けた。


「——小型の鉱炉こうろか。なんか、わくわくする」


 月の給金は金貨十枚で契約成立、二人は握手を交わした。


「ユヅルくんも一緒にやろうよ」

「そうしたいけど、しばらくは金稼ぎで……鉱炉こうろの試作費用に、肉食獣が三頭もいるから飯代が——」

「ユヅルくん、みんなのためにありがとう」


 シオンは頭を下げた。


「……なんだよ、突然」

「いま言っておかないと、これから忙しくて忘れそうだから」


 顔を見合わせ、唇から生温い笑みがこぼれて。



 朝食を待たず、ユヅルは庭に降りた鳥竜にまたがった。

 ウィオラの腰に手を回し、


「アニュレ、ステラ、留守番をよろしく」


 鳥竜は黒い翼をひろげる。朽ち葉を散らし、青空へ駆けのぼった。



 野営を挟んで二日後、二人を乗せた鳥竜は枯れ野へ舞い降りた。

 つかまえた荷馬車で樹街道を抜けて、異世界転移の最初の都へ入ると昼下がり。

 路地から裏通りの飯屋の肉鍋でまったりして。

 地下迷宮に潜るべく魔道具の薄暗い店に入るなり、ユヅルは主に迫る。


「この店の魔力回復と身体加速の水薬を全て買い取る」


 あんぐり口をあけたままの主に、ウィオラはカウンターを指で弾いた。


「どうした、売り切れかの」

「は、はいっ、ただいま——」


 ユヅルはカウンターに金貨を積み上げた。

 弾んだ声で数える主に背を向け、棚の商品を見て回る。


 扉が開いて、なびく赤髪に赤服の少女と禿頭とくとうらが入ってきた。


「あーっ、兄ちゃん!」

「神父さま」


 再会の喜びは一瞬、もう一度、地下迷宮で大儲け——ルージェにグニエフの熱烈な誘い。

 ユヅルは小さく肩をすくめた。


「ごめん、君たちとは組まない」


 なおも食い下がる二人に、ウィオラはユヅルの腕に巻きついて、


「くっくっく。そこな凡愚ぼんぐは足手まといじゃ」

「兄ちゃんの駆け落ちの相手って、幼女なの?」

「わらわは幼女ではない!」

「はいはい、それで、兄ちゃんは地下迷宮に一人で潜るの?」

「くっくっく。貴種なるわらわ——もが、もががっ——」


 ユヅルは、ウィオラの口を片手でふさいだ。魔族は秘密と言い聞かせているのに、相変わらず。


「そうだ、一人だ。荷物持ちもいらない」

「神父さま、もしや不死の聖騎士を討つのですか?」

「なにそれ?」


 グニエフの話では、聖剣と聖盾せいじゆんを手に聖鎧せいがいをまとう不死の聖騎士が地下迷宮の底をさまよっているという。

 揃いの聖具にかけられた賞金は純銀貨で十万枚、だが——。


「興味ない」


 手もみの主は、ユヅルたちへ近寄り、


「あのー、お金持ちの神父さま、二三四本のお買い上げですが、全て持って行かれます?」


 ルージェの茶色の瞳がキュッとすぼまり、


「兄ちゃん、世界征服を始めるの?」

「……しないから」



 ルージェらの酒宴しゆえんの誘いを断り、ユヅルは宿をとった。

 最上階のひろい部屋で二人だけ、のんびりした夕食を楽しむ。

 強行の旅の疲れから、明るい将来を語り続けるウィオラのまぶたは重くなり。

 小さな姫をふかふかの寝台に横たえ、消灯。


 目覚めると、いつもの抱きつかれたまま。

 陽光差し込む窓からカチャカチャと拍車の音、ウィオラもむくりと起きあがり。

 ユヅルは爆裂魔法を短く唱える。

 階段を駆け上る足音が、扉の前で止まった。


「貴殿がユヅルさまでありますか」

「そうだけど」

「陛下のお召しで、王城に同行を願います」

「断る。こっちも忙しいから、用件を教えて」

「王城に同行を願います。拒否は認められません」


 寝台を降りて、ユヅルは扉を開けた。

 青白い光に包まれた右手に、兵士どもは後退り。


「しばらくここに滞在するから、使者をよこしてよ」

「わ、わかりました。では後ほど」


 階段を転げ落ちるように、兵士どもは逃げ去った。



「では夕方、迎えに参ります」


 樹街道で馬車を見送り、二人は枯れ野のど真ん中へ。

 両手を組み、ウィオラは祈りを捧げる。


 呼び寄せた鳥竜が、黒い翼をひろげギャーギャーわめき始めた。

 水で戻した干物をくちばしに放り続けて。


 二人は鳥竜にまたがり、地層渦巻く縦穴をぐるぐる回って落ちていく。

 ユヅルの虚無きよむ魔法の詠唱が縦穴に響く。

 闇の底をにらむウィオラの血赤の瞳がたぎり、


「ありゃ、また魔物がウジャウジャおる」


 背中の低い詠唱が絶えて、ウィオラは鳥竜を強引に傾ける。


 ユヅルの指先から、無明のしやがほとばしり。


 ひずむ虚空が闇の底へと絶速。遅れて、濡れ色の岩肌に紫電が踊り。


 異形のなげきを押し潰し——ただ風を切る音。


 小さな爆裂魔法でむくろを一掃、鳥竜は底へ降りた。

 松明たいまつの頼りない炎が、巨大な昆虫めいたしかばねの絨毯を照らす。

 鳥竜の背で、ウィオラは首を巡らせた。

 闇に映える血赤の瞳は千里眼が、入り組んだ地下迷宮を透視する。


「みつけたぞ、なかなかのお宝じゃ」



 異臭漂う洞窟を抜けて、水音したたる斜坑を上る。

 爆裂魔法で赤錆の扉をぶち抜くと、淡い光があふれた。

 天井まですすけた廃宮の、白砂はくさの床をザリザリと踏み歩き。


「ここじゃ」


 鉄扉てつぴを爆裂魔法を吹き飛ばし部屋へ入ると、積み上がった木箱からこぼれた黒光りが床を埋め尽くし。

 木箱からひとつをつまみ、ユヅルは凝視する。

 黒錆くろさびの銀貨だった。


「いかん、何かがくる!」


 飲み干した身体加速の小瓶を放り、ユヅルはウィオラを背負う。

 部屋を出て、斜坑へと全力疾走。

 ガシャガシャと金属音が迫り。


 短く唱えて、ユヅルは銀のしやを背後へ放った。


 ガシャン、それきり自分とウィオラの荒い息だけ。


 足を止め、ユヅルは向き直った。


 むくりと影が起き上がり。


 派手な音を立てて剣と盾を手に駆け迫る騎士へ向け、ユヅルは銀のしやを繰り出す。


 崩れ落ちては起き上がる騎士。


 ユヅルの肩越しに、ウィオラはつぶやく。


「あやつが不死の聖騎士じゃろ」


 なるほど、不死はやっかいだ——飲み干した魔力回復の小瓶を放り、ユヅルは虚無きよむ魔法の詠唱を始めた。


 むくりと影は起きて、聖騎士が駆け迫る。

 ユヅルは詠唱を切り上げた。


 かすむ指先から無明のしやがほとばしり、廊下を走り抜ける虚空のうねり。


 数瞬、聖騎士はゆがんで、ばったりと。


 ウィオラを背負ったまま、ユヅルは白砂はくさの床を走り抜けた。

 斜坑から様子をうかがう。


 むくりと影が起き上がり、ガシャガシャと駆けてくるも。

 次第に動きは鈍り、聖騎士の最後の一歩がビクビクと震えたまま。


 短く唱えて、ユヅルは銀のしやを浴びせる。


 聖騎士は崩れ落ちた。

 むくりと上体を起こして。

 兜からひびわれた声が届き、


「ーのむ」 

「なんじゃ」

「もうイヤだ。ここから出してくれ。俺を殺してくれ!」

「どういうことじゃ」


 聖騎士の告白——聖具をまとい王宮を死守するため奮闘するも、みんな死んじゃった。うん、俺は頑張ったし自由に生きる、あれー、ここから出られない。あのクソヤロウが呪いをかけたに違いない。誰もこないし、鎧は脱げないし、ご飯も水も飲めないのに死なないし、暇だから一人で将棋を指してもむなしいし、望みはひとつ。たぶん、ここから出れば解脱げだつに違いない!


 ユヅルの口の端が吊り上がる。


「わかった、望みを叶えてあげる。だから、最後の仕事だ」


 銀貨の詰まった木箱が次々と斜坑を滑り落ちる。

 かついだ木箱を、聖騎士はユヅルに渡した。


「これで、最後だ」


 木箱が斜坑を滑りゆく。


「ほんとうに、これでいいと」

「ああ、頼む」


 ゆっくりと、聖騎士は両腕をひろげた。

 ユヅルは、虚無きよむをその胸に撃ち込み。

 崩れ落ちた彼を、ウィオラと二人かがりで引きずる。


 白銀の騎士が斜坑の闇にのまれゆく。


 青の閃光がほとばしり、ガシャン——それきり聖騎士は微動だもしない。

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