第22話 微笑みは黄金
昼の酒場の一角の明滅は、ユヅルの右手からほとばしる光。
床に転がるエスカレーター組は、ぴくりとも動かない。
「その辺でやめたら? 本当に死んじゃうよ」
冷めた声に、ユヅルは我に返った。こんなことをしている場合ではない、ひっそりと辺境の館に戻らねば。
ゆっくりと、級友らへ向き直る。
ユヅルの青白い右手を見て、客の赤ら顔どもは戸口へ殺到した。
瞬く間に、ステラはユヅルのかたわらへ。
「おなかが空いたのだけれど」
ユヅルは、級友たちの顔を見回した。やつれて生気がない。
隅で震えている主へ、足を向けた。
肩掛けの麻袋から、カウンターに金貨を積み上げる。
「簡単な料理でいいから、じゃんじゃん作ってよ」
級友たちは、水代わりに果実酒を飲み干し、白パンに肉皿を貪っている。
隣のステラの好みはウィオラにアニュレの魔族と同じ、肉肉肉。
いつの間にか、カウンターの向こうに料理人が増えていて。
扉が開き、
黒服がユヅルを指さす。
「司教さま、あいつです。あいつが俺の商品を強奪したんです!」
大きな杖を手に金刺繍の白の祭服の男が現れた。
槍兵どもが、ユヅル一行の食卓を囲む。
「あいつとは、どれだ」
「そこの黒の祭服です。怪しげな術で、大通りの露店を灰にしました。異端です、この店ごと火あぶりしかありません!」
「そこの若者、認めるか」
ユヅルは杯をおいた。
「露店を燃やしたのは、おたくらの合唱で作り上げた炎の大蛇で、僕じゃない」
「君の魔法の属性は」
「爆裂魔法だ」
「ほう、珍しい」
席を立ち、ユヅルは白の祭服の下へ歩み寄る。
うやうやしく、黒衣の女が水晶玉を差し出す。
ユヅルが手をのせると、異形の文字が浮かんでは消えて。
黒衣の女は、司教へ水晶玉を捧げる。
「爆裂魔法、しかもレベルゼロ……無能の極みではないか」
「でしょ、僕は何もやってない」
「ぐぬぬ……とにかく、俺の商品を返せ!」
「それなら、そこに転がっている売り主から金を回収すれば?」
黒服は、一角で横たわるエスカレーター組の懐を漁り始めた。
級友たちに向き直り、ユヅルは両腕をひろげる。
「みんな、帰ろう。かなり寒いけど辺境の地へ」
駆け寄る級友たちに抱きつかれ、もみくちゃにされ、手をつかまれた。
力強く引き出され、ステラのやわらかい抱擁。
やっと見つけた魔王さまは、優しすぎるのだけれど——耳元の甘いささやきを、やんわりと押し戻し。
ユヅルは、人差し指を唇に立てた。
切れ長の目がしなり唇で笑むステラは幼子のように無邪気で。
「その敬称を禁止だなんて、少し残念なのだけれど」
馬を替えながら、北の辺境の地へ。
強盗を返り討ちにしながら戻り道の三日目の夕方、湖の
野営の準備を始める。
道中でしとめた幾頭の鹿鍋で腹は膨れ、たき火が満足の面々を赤く照らし。
「ねぇ、男子。踊ろうよ」
ユヅルは離れた切り株でたそがれるポッチャリ男子のそばで腰を落とした。鉱物博士ことタケトシ以外はおまけでしかない。
男女の組で手を結び輪になって歌い踊る級友たちが一周して、
「いいなぁ、僕も……」
「タケトシ博士、燃える石を発見したんだけど」
黒い石をつまんで、ポッチャリ博士は凝視する。
「石炭だね」
「
ポッチャリ博士の目がいっそう細まる。
「
「ああ、はっきり言って君だけが頼りだ。金稼ぎの柱にしようと思う。報酬は十年限りで粗利の一割、どうかな?」
沈黙が横たわった。
ポッチャリ博士の目の端に映る、ユヅルにしなだれるステラ。
「——がほしい」
「ーん、なにがほしい?」
「君の隣にいるような彼女がほしい」
ユヅルは博士の横顔をみつめた。耳まで真っ赤なのは、たき火のせいか。それはともかく——。
「お金持ちになればモテモテだろ」
「モテモテなのはお金で、僕じゃない」
「別にそれでいいんじゃないの」
ポッチャリ博士は、ユヅルへ真顔を向けた。
「かわいくて従順でしとやかな女の子を紹介してよ」
「あのー、博士?」
「年下で、ありのままのポッチャリを受けて入れてくれる優しい娘、どこかに落ちてないかなー」
「それは……自分で見つけようよ」
「じゃ、やらない」
「はかせー、頼むよ」
「美の女神も裸足で逃げ出す
目が据わっているポッチャリ博士に、ユヅルは微笑む。金を稼ぐためとはいえ、なんでここまで、つかいるのそんな娘?
「わかった、一緒に素敵な女の子を探しにいこう」
二人は力強い握手を交わした。
「ねぇ、ユヅルくーん」
「踊ろうよー」
駆けてきた女子たちに囲まれて、二人は顔を持ち上げる。
次々と差し出された手に、一様に弧を描く唇からこぼれる笑み。
立ち上がり、ポッチャリ博士は片手を差し出す。
「僕でよければ——」
女子たちの誰も彼の手を取らず。
「だよね、知ってる。いーよ、どうせ——」
立ち上がり、ユヅルは両手をひろげた。
「みんな、聞いてよ。有望な石炭の
「すごいじゃん」
「やったー」
ひとしきりの歓声が静まる。
ユヅルは、タケトシの肩に手を回し、
「だから、実践的な鉱物の知識を持つ彼は特別だ」
「わっ、すごい。タケトシくぅーん」
「踊ろう、タケトシ」
もみくちゃで拉致されたポッチャリ博士を、ユヅルは生温かい目で見送った。
「ユヅルくん、わたしと踊ってください」
ひとり残ったメガネ地味子のすがるような視線、ユヅルは笑みを返す。そなたの微笑みは黄金と同じ、じゃがそれ以上は勘違いさせてはならぬ、自覚するがよい、望まぬともそなたは王であるぞ——ウィオラの警告が胸によぎり。
「ごめん、疲れてるから」
うつむいた少女に、ちくと胸が痛む。
「あら、わたしはあなたと踊りたいのだけれど」
ステラにそっと手を握られて白の手の温もり。残酷なようだけど、彼女に旅の報酬を与えなくては。
「いいよ、踊ろう」
ステラの手を引いて、ユヅルは踊りの輪に加わった。
花咲くような笑みのステラが、腕の中でくるくる舞う。
「ふふふ、こんなに楽しいのは久しぶりなのだけれど」
「それより、身の危険を感じる」
「魔王さま、それは何も持たない女の嫉妬、気にする必要はないのだけれど」
「魔王は禁止、言ったよね」
「誰も聞いてはないし、相変わらず隙だらけなのだけれど」
鼻先まで迫り、ステラはついばむようにユヅルの唇を奪った。
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