第12話 まだ見ぬ景色を望み

 しん、と静まりかえる薄闇の地下迷宮。

 回廊に横たわる禿頭とくとうを見下ろし、ユヅルは待った。

 目覚めたグニエフが、上体を起こす。


「慈悲深い神父さま、命だけは——」

「いいから、話せ」


 虚空をみつめて、グニエフは告白を始めた。



 魔獣の巣を探り当てる異能が透視と聞いて、ルージェはユヅルの背に隠れる。

 ユヅルはかすむ剣先を突きつけた。


「グニエフ、地下迷宮の底は何層よ?」

「さらに下は闇が濃くて……わたくしには71層までしか見えません」

「ーん、地上からもっとも深く潜れる縦穴を探してよ」

「はい、神父さまの望むがままに。ですが、膨大な魔力が必要です」


 肩がけの麻袋から取り出した魔力回復の小瓶を、ユヅルは放った。

 飲み干して、グニエフは立ち上がる。

 右目が血赤に染まり、ゆっくりと左足を軸に回り始めて。


 グニエフは、指先を虚空に突きつけた。


「神父さま、見つけました。71層より深くつながる縦穴です」

「そのまま——」


 ポケットから取り出したノートをめくり、ユヅルは爆裂魔法の中級の上の詠唱を始める。


 特大の魔弾を撃って、魔力回復の小瓶を飲み干すこと三回。


 階層の激しい揺れはおさまり、薄闇で満たされた。


「ルージェ、グニエフ、いくよ」


 回廊を斜めにひろくえぐる坑道へ、ユヅルは一歩を踏み出す。


 岩壁の大穴から洞窟へ。

 一呼吸の三語の詠唱で虫の息の魔獣を沈めながら、ユヅルは一段高い祭壇へ上った。

 ひやりと頬をなぜる断崖に臨み、地層渦巻く縦穴を仰ぐ。光点から降り注ぐ淡い光——夜明けのような。


「みてみて兄ちゃん、すごいお宝だよ」


 振り返ると、祭壇の端のルージェは貴石の指輪を両手にはめて黄金の腕輪を振る。ニカッと白い歯。

 白銀しろがねの首飾りをきらめかせ、グニエフも宝箱にとりついている。


 グニエフの不意打ちはない——爆裂魔法の中級の上の詠唱を始めた。



 天空へ一発、地の底へ三発、魔弾で縦穴を削った。空から見ればたぶんわかるだろう、と甘い期待を胸にきびすを返す。


「おーい、地上へ戻るよ」

「兄ちゃん、もうちょっと——」

「無欲の神父さま、この宝箱を開けてくれませんか」


 ユヅルは、祭壇の端へ向かった。赤錆の細長い鉄箱の鍵穴に剣先をねじ込み、一呼吸の三語の詠唱をそそぎ込む。

 あっさりと口を開いて、しきつめられた金貨の輝き。

 グニエフは大きな手でわしづかみ、ポケットに詰めていく。

 きらびやかな音に駆けつけたルージェも、ポケットを膨らませる。

 ひとつまみ、ユヅルもポケットに金貨を落とした。


 鉄箱の底にボロボロの黒い本——禁書の写本と雰囲気が似ている。


「触るな。それは、僕のものだ」


 手をのばした二人を制して、手にとった。

 頁をめくる。異形の白い文字が埋まっていた。なんだこれ、全く読めないけどヤバい雰囲気に目眩めまいがする。


「大丈夫ですか、神父さま。白紙ですよ」

「はっ?」


 背伸びのルージェに見せる。


「兄ちゃん。どう見ても白紙だよ」

「そ、そうか。そうだよな」


 祭服の内袋に、そっと黒い本をしまい込んだ。



 魔獣を蹴散らし、一行は地上へと最後の長い階段を上る。

 ユヅルは、先頭へ声をかけた。


「グニエフ、外の様子を見てくれ」


 立ち止まり、禿頭とくとうは右の瞳を血赤に染めた。


慧眼けいがんの神父さま、白服一行の出迎えです」

「兄ちゃんが負けるはずない。やっちゃえー」

「ですが、様子が変です。敵意は感じられません」

「それなら、ルージェを先頭に外へ」


 くりると振り返り、ルージェはユヅルに抱きついた。


「兄ちゃん、まだ死にたくないよ」

「死ぬと決まったわけじゃないし」

「兄ちゃん、おねがい」

「そんなに胸を押しつけても駄目だ。君は僕の背中に隠れて楽しすぎ。最後ぐらい体を張ろうよ」

「だから、ほら。いま、勇気を出して体を張ってるの」

「ペッタンコで、どう楽しめと?」

「ひどい、ひどいよ。あたしの純潔はもてあそばれた、ひぐっ、ぐすっ」

「上りきって扉を開けたら、毎日ご馳走してあげる」

「わーい、やったー」


 弾んだ声を残し、赤髪が階段を駆け上がる。

 さあ開けろ——ユヅルの悪魔の声は届かなかった。


「兄ちゃん、怖いよー」


 涙目で駆け下りてくるルージェ。

 小さく舌打ちをこぼし、ユヅルは爆裂魔法を唱え始める。



 ユヅルは粉塵が引くのを待った。

 最後の石段を上り、倒れた鉄扉てつぴへ踏み出す。

 陽光に目をすがめ首を巡らすと、半円の広場に沿って列と控える帯剣の白服は微動だにせず。

 再奥のひとりが、ゆっくりと歩み寄ってくる。

 数歩の距離、目深の白服を払うと優男やさおとこ


「はやくも最強を誇る爆裂魔法使いのユヅル殿、われらと同行を願います」

「断る」

「格別の報酬をご用意しました。魔杖まじようの回収には、ユヅル殿の力が是非とも必要です」

「だが、断る」


 白服は、懐からボロボロの一冊を取り出した。


「ユヅル殿、この本が何を意味するか、わかりますね?」


 覚えている、禁書の写本——ユヅルは、苦く瞑目めいもくする。つまり、異形の姫ウィオラにアニュレは捕まった、塩焼きに満面の笑みがまぶたの裏をかすめて。


「殺したのか?」

「とんでもありません、ユヅル殿の帰りを待ちわびております」


 断れば、彼女たちは生きたまま犬の餌となる——相当に目覚めが悪いし、ウィオラにかけられた呪いを解いてやりたい、それから手を結んで花畑を散らし、咲きこぼれるような笑顔を——。

 見開いた目を、白服の灰色の瞳にぴたりと据えて、


「準備が必要だ」


 白服は、右足を引いて優雅に一礼。


「賢明なご判断です、王城へ戻りましょう」

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