第11話 虎は虎

 遅れること数歩、ユヅルはルージェと斜路しやろを下る。


「グニエフ、僕が聞きたいのは、君の悪行じゃない」

「ですが、高潔な神父さま。汚れたわたくしめに、光の祝福を——」

「僕の質問に答えるのが先だ」

「強欲な神父さまの質問でも、タダでは答えることはかないません」

「そんなに地獄へ墜ちたいの?」

「傲慢な神父さま。怒りをお沈めください」


 のらりくらりのグニエフに、ユヅルは舌打ちをこぼした。地下迷宮の情報よりも、どうやってグニエフが厚い岩盤の向こうの魔獣の巣を発見できるのか——その異能があれば、地下迷宮の底へ最短で到達できる。かといって、格下パーティーをおとりに魔獣の巣のお宝を盗むグニエフと組むのは考えられない。飼い慣らしても、虎は虎。


 33層へ足を踏み入れた。

 少しずつ、闇が濃くなっている。

 頭上から冷気を震わせる音、ユヅルは一呼吸で三語を唱えた。


 天井へと突き出すかすむ指先から、閃光がほとばしり虚空がきらめく。


 闇のしやを鋭く突き抜ける数多の白糸が宙を舞う銀粉にぜて、さかのぼって走る火線——巨大蜘蛛が、一行の背後にボトボトと落ちた。


 丸腰のグニエフは、体ごと向き直り、


「さすが、無敵の神父さま」


 58層よりも、奴の異能を知る必要がある——ユヅルは足を止めた。


「グニエフ、取引しよう。ひとつ、望みを——」


 禿頭とくとうは、小さく肩をすくめ、


「聡明な神父さま、わたくしの剣を返してください」


 ユヅルは、口の端を吊り上げる。進学校で優等生だったのに、爆裂魔法の圧倒的な万能感で狂いたくない、けれど。


「あー、どうでもいい」

「慈悲深い神父さま、自棄やけを起こさないでください」


 ユヅルは、爆裂魔法の短詠唱を始める。


「おやめください、最愛の神父さまあぁぁぁー」


 詠唱を切り上げて解き放った紫電のしやは、グニエフを包むことなく薄闇に溶けた。

 白い残光の指先を、ユヅルは突きつけて、


「次はない。もう一度問う、ひとつ、望みを——」


 グニエフの鋭い目が、何かを求めて泳ぐ。

 両頬の大きな傷跡がゆがんだ。

 禿頭とくとうが、横断の回廊へ駆ける。

 ユヅルは、後を追う。

 慌てて、ルージェも走る。


「兄ちゃん、待ってよー」


 回廊を曲がった瞬間、ルージェはすくんだ。

 奥から薄闇に映える目深い白服の剣をく二人組、その影からグニエフの勝ち誇った笑み。

 風貌が薄闇ににじむ短詠唱の距離で、ユヅルは足を止めた。

 白服の片割れが、低い声で問う。


「何かありましたか」


 グニエフは、ユヅルに指を突きつけた。


「そこの珍妙な魔法使いが、俺の大事な仲間を皆殺しにした。全てを奪っても飽き足らず、地下迷宮の底へ連れて行けと強要して——」

「つまり強盗殺人、地下迷宮における冒険者の血の掟を破った、というわけですね」

「そうです、あの野郎を処刑してください」


 白服のひとりが、黒瞳こくとうをぴたりと見据える。


「いかがわしい神父殿、弁明はありますか」


 ずしりと空気が重くなり、ユヅルは唇をなめた。呪文を口にした瞬間に奴らがくる——。


 背後からルージェの尻もちに、凍りついた時が沸騰し。


 ユヅルは、両手を突き出した。かすむ指先から短詠唱の閃光がほとばしる。

 白服の詠唱から放たれる氷杭が、薄闇を鋭く震わせて。


 虚空をう紫電のしやに砕け散る氷杭のもやが立ち込めた。


 水蒸気でゆがむ光の紗幕しやまくを破り、白服の剣先がかすむ。


 狂気のにじむ青い瞳から目をそらさず、ユヅルは一呼吸の詠唱を放った。


 銀のしやが、彼をデタラメに踊らせて、沈黙。


「ルージェ、剣を——」


 聞こえない足音に舌打ちをこぼし、ユヅルは三語の短詠唱を繰り出す。


 白服は輝く剣を振って、氷刃を乱れ撃ち。


 虚空をう銀のしやに氷刃は霧散、手数に勝るユヅルは距離を詰めていく。


 剣を振り回しながら、白服はうめいて、


「貴様、何者だ。選ばれし精鋭の俺さまが遅れをとることなど——」


 銀のしやが剣を弾く閃光、白服は崩れ落ちた。

 ユヅルは、青白い残光の右手を禿頭とくとうに向ける。


「グニエフ、取引はない。どうやって魔獣の巣を——」

「兄ちゃん! おいてかないで!」


 一瞬の隙を見逃さず、グニエフは白服の剣をかすめ取る。


「ぐへへ、最強の神父さまぁー、形成逆転ー」

「それは、どうかな」


 グニエフは、剣を振った。

 白服が鮮血に染まる。

 大幅なレベル上昇の眩光げんこうに包まれて、いっそうハゲがきらめく。


「おおおぉぉぉー、すげぇー、すげぇー、すげぇー」


 けたたましい哄笑こうしようが、ゆがんだ。


「さぁーて、次は、そこのいけすかない神父さま。靴をなめて命乞いをしろ」


 ユヅルは、一呼吸で唱えた。


 虚空を切るかすむ指先から、光が弾ける。


 絶速の剣先は、ユヅルに届かない。


 銀のしやに抱かれて激しくもてあそばれ、禿頭とくとうは崩折れた。


 剣を拾い上げて、ユヅルは爆裂魔法の初級の中の詠唱を始める。

 赤髪を振り乱して駆けてきたルージェは、ユヅルの背に抱きついた。


 重いまぶたを持ち上げて、禿頭とくとうは震える手を伸ばす。


「お、お、おやめください、熾天使してんしさま。本気は美容によくありません。熾天使してんしさま、熾天使してんしさま、熾天使してんしさまあぁぁぁー」


 長い詠唱が完成、ユヅルの奥で魔力が出口を求めうねり。


「まばたきで堕天使に会わせてやる」


 禿頭とくとうの全ての穴が開いた。


「言います、全て話します。殺さないでえええぇぇぇー」 


 ゆっくりと、ユヅルは青白い刃先を向ける。

 禿頭とくとうは、白目でひっくり返った。


 転瞬、ユヅルは振り向きざまの一閃。


 茫漠ぼうばくたる光が剣先からほとばしり、よろめく白服が練り上げた特大の氷槍ごと消し去る。


 あたりは白くくらみ、階層は激しく揺れ——静寂。

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