第6話 自由の空
隠し階段から顔を出して、ユヅルは冷たい床へ指先をかけた。
耳ざわりな破砕音に、慌てて鉄板を閉じて。
天井をひたすら殴る
闇に映えるアニュレの赤目を頼りに、ユヅルは階段を下りた。このままでは、窒息死が待っている。
「そなただけが頼りじゃ」
不意に手を取られ、冷たい温度に頭が回り出す。断崖に建つ城、命ある限り逃げ道はある。
「爆裂魔法で横穴を開ける。たぶん絶壁に出るはず。二人は檻の中で目と耳をふさいでよ」
短詠唱の紫電を天井に放った。
数瞬、視界が戻り素早く断崖の方角を計算、鉄格子に背を預けて。
爆裂魔法の初級の中の指向性の魔弾を、目をつむり長詠唱で練り上げる。
撃った。
部屋は白く
鉄格子に押しつけられて背中がきしみ、吹き
静寂、
光点に目を
「ーっしゃ! 自由の空だ」
ユヅルは、一歩を踏み出せなかった。
床に押し倒されて、異形の姫ウィオラが胸で頬ずり。
「ますます気に入ったぞ。そなたは、わらわのものじゃ」
「重い、腹がちぎれる、あああぁぁぁー」
主の多脚つかんで、アニュレは引きはがした。
「殿下、ユヅルさまが死んでしまいます」
迫ろうと、多脚が宙を空回り。
「ユヅルさまは、わたくしのものです。あきらめてくださいまし」
「アニュレのものは、わらわのもの。わらわのものは、わらわのもの」
「いくら殿下でも、こればかりは
轟音に天井が抜けて。
三人は横穴へ駆け込み、粉塵にむせる。
黒煙が晴れて、ウィオラは天井を
「どうやら、蛮人の爆裂魔法使いがいるようじゃ」
「これで終わらない、と」
「そうであろ」
ユヅルは、麻袋から魔力回復の小瓶を取り出した。すがるように見上げる四の瞳——逃げる手段は鳥竜の空しかないが、無策では敵の爆裂魔法の餌食だ。
ウィオラは、小さな唇をなめた。
「わらわも、少し欲しいぞ」
残り半分を、主従で分け合った。
「アニュレ、鳥竜を呼び寄せてくれ」
「わかりました、ユヅルさま」
胸元で両手を組み、アニュレは目をつむる。
麻袋からボロボロの禁書の写本をめくり、ユヅルは中級の上に目をとめた。
ウィオラは、喉奥で笑う。
「くっくっく、城を吹き飛ばすのじゃな」
地味子の告白が胸によぎり——思いとどまる。
「それはない、僕の友達が城にいる」
「そなたに、わらわの全てを捧げる。じゃから、父の仇を取ってたも」
ユヅルは、首を小さく横に振る。
ウィオラは、飛びかかった。
「わらわが、こんなにお願いしているのになぜじゃ。何が、不満なのじゃー」
慌てて、アニュレは主の多脚をつかんでからの羽交い締め。
「離せ、アニュレ」
「殿下、落ち着いてください。かの
ぴたりと動きを止めたウィオラは、多脚を折り畳んだ。
「見苦しいところをお見せした、許せ」
深く下げた頭に、ユヅルは吐息をつく。
「お姫さまなのは、よくわかった」
ウィオラは、期待の表情を持ち上げる。
「僕は君の従者じゃない。力ずくはしないと、約束してくれ」
「力ずくはしないと
ウィオラは、笑みを消した。
「最強の道を歩む爆裂魔法使いのユヅル殿、頼みがある。地下迷宮の底に刺さる
ユヅルは、やわらかくしなるタレ目をみつめる。
「報酬は?」
ウィオラは、薄い胸を張った。
「そなたに、わらわの初夜を捧げる」
「いや、お金でいいよ」
ふにゃりと幼い顔がゆがんだ。
「どうしてじゃ。わらわが子供じゃからか」
「あ、いや。じゅうぶん魅力的だよ」
「そうか、ならばよい」
小さな唇が孤を描く——泣いたり笑ったり忙しい姫さまだな、ユヅルの目元がゆるむ。
「ふふふ、アニュレには負けんぞ」
「おほほ、ひとのものを奪ってはいけませんの」
二人の高笑いに、肉を撃つ音が混ざり合い。
「笑顔で殴り合うのはやめてくれ。それより、鳥竜はどうなった?」
頬に一発をくらっても微動だにせず、アニュレは笑みを向けた。
「断崖を舞っているはずですの」
まぶしい横穴に背を向けて、ユヅルは爆裂魔法の詠唱を続ける。
体の奥に生まれた魔力のうねりが、出口を求め暴れ出して。
最後の一節を残し、冷たい風がせりあがる
しっぽから巨体を横穴へ差し込んだ鳥竜に、ウィオラは
異形の下半身の巨大蜘蛛腹から噴き出る数多の白糸で、あっという間に鳥竜の背中に体を固定。
差し出された手に引き上げられて、ユヅルは巨大な蜘蛛腹に
黒の鳥竜は、絶壁を蹴った。
垂直降下、樹海を
ウィオラの
「くるぞ、撃てーっ!」
きんとした幼い声の絶叫に、鳥竜は翼を折りたたむ。
ユヅルは
撃った。
閃光が静寂を切り裂いて、爆裂魔法が虚空で激突。
遅れてやってきた凄まじい衝撃波に、鳥竜は木っ端のごとく吹き飛ばされた。
血赤の瞳をたぎらせ、ウィオラは鳥竜を立て直す。
耳に届く低い詠唱に、小さな唇をゆがめて、
「ユヅル殿、いざまいるぞ。蛮人の爆裂魔法使いは、一番高い尖塔におる」
綺麗な半円の旋回、鳥竜の首が断崖を向く。
ひろげた黒い翼の
草原すれすれから侵入し、横たわる監獄塔にさしかかる。
集結の白服から放たれる斜線の火球をすり抜けて、城門跡の窪地でゆるりと旋回。
ユヅルの唇から最後の一節が
轟音——傾いだ尖塔から、影がこぼれ落ちて。
「ざまみろ、蛮人め」
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