第2話 エスカレーター組

 夕日は落ちて晩餐会。

 部屋着に着替えたユヅルは、花を飾る長机の席につき、吊り下がる大燭台の炎をみつめる。

 湯気を立てる大皿が次々と運ばれて、明日の命がある級友たちは目を輝かせ。

 食前の祈りの手をほどき、見渡す上席の老王は、満足げにうなずく。


「遠慮はいらぬ。未来の勇者に聖女の諸君、存分に食するがよい」


 一心不乱に手と口を動かす男子に女子の華やぐ声、ユヅルは一口もつけず、冷めた目でみつめる。


「ユヅルさま、食べなければ体が持ちませんわ」


 ぴたりと椅子を寄せて座る白喪はくものアニュレは、ユヅルの口元に小皿を差し出した。

 ユヅルは、黒い塊を凝視。どうみても炭にしかみえない。


「殿方を何度でも固く元気にする一品ですわ」


 なんだと——ユヅルは手を伸ばした。


「その……君と何度でも、空になるまで……いいのか」


 アニュレは、頬を染めた。


「は、い」

 

 ユヅルはそれを口に入れた。塩味のふ菓子のような——。


「食わないなら、もらうわ。悪いなー」


 目の前の一皿が消えた。

 隣席から手を伸ばしてかっさらったのは、親の七光で将来を約束されたエスカレーター組の茶髪。


「なんだその目、やんのか? いっておくが、オレはレベル55の剣士さまだぞ」

「おー、まじかよ。ソウタ、異世界でもさすがだなー」


 取り巻きの相づちに、ソウタは立ち上がった。

 ひとしきり歓声を浴びて、ユヅルの背もたれから抱きつき、耳元でささやく。


「なぁ、その女をオレに寄越せ。学年成績一位の優等生さまは、童貞のまま死ぬのがお似合いだよ」

「いやだ」

「おい、今ここで死ぬか?」


 一気に首を締められ、ユヅルはうめいた。


「なにをしている!」


 壁に控える衛兵の一喝に、ソウタは体を離した。


「元気がない彼を、励ましただけでーす」

「さすが、気配りのソウタだな」

「ソウタ、まじカッコイイ」


 ひゅーひゅー、ついていけない長机の端の一般受験組は、白けた目を向ける。


「あん、やんのか、おら」


 慌てて、下を向く一般受験組。


「ユヅルさま。はい、あーん」


 気を取り直し、ユヅルは口元に差し出された肉を食べる。うん、舌の上でとろけて——。


「おい、女。コイツにかまうな。オレの世話をしろ」


 かまわず、アニュレはユヅルの口元に肉を差し出す。


「聞こえなかったのか、女」

「聞こえてますわ」


 笑みを消し、アニュレは鋭い翠眼すいがんを持ち上げる。

 ソウタは、何度も指を突きつけて、


「いいか、コイツは明朝死ぬレベルゼロ。オレは勇者候補のレベル55だぞ。誰がどうみても、オレの方が上だ。だから——」

「だから、なんですの? あなたみたいなお馬鹿さんは、地下迷宮で真っ先に死ぬ運命ですわ」

「なん、だと」

「異界からの召還で、地下迷宮の底にたどりついた者は、ただのひとりもおりませんの」


 使い捨てなの、わたしたち——不安が宴席に波立つ。

 老王は、ひとつ手を叩いた。


「君たちには、十分な修練の時間を与える。最初の仕事は、しっかり食べて体力をつけることだ」

「今日みたいなご馳走が、毎日続くんですか?」

「約束しよう」


 うぉー、男子どもの歓声は、メガネ地味子の悲鳴で破れた。


「みんな死んじゃうかもしれないんだよ! 王さま、わたしたちを元の世界に帰して!」


 しん、とした大食堂にすすり泣きが響き。

 老王は、笑みを消した。


「戦うことでしか道は拓けない。任務を放棄すれば、そこの悲運の彼と同じ運命だ。しかし、君たちには天から授かった力がある、覚悟を決めるのだ」


 ソウタは、拳を振り上げた。


「そうだ、オレたちには力がある。やってやろうぜー」


 ソウタ、ソウタ、ソウタ——同じく拳を振り上げ、指笛を鳴らすエスカレーター組。

 駄目だコイツら——ユヅルは小さく首を横に振った。

 突然、左手が激痛に貫かれて。


「だから、女を寄越せといってるだろがー」


 ナイフが抜けた手の甲から鮮血があふれた。


「あああぁぁぁー」


 舌打ち、アニュレは椅子を弾き飛ばして、ナイフをソウタの眉間に突きつけた。


「失せろ、下郎」


 青白い刃先から目をそらさず、ソウタは血のついたナイフを放った。


「ちょっとしたイタズラだろ。怒った顔もカワイイなー」

「今すぐ、消えろ」

「消えるのはコイツだろがー」


 舌打ち、アニュレは治癒魔法を唱えた。


「ユヅルさま、お部屋で晩餐にしましょう」

「待てよ、女。オレの世話をしろ。コイツにかまうな」


 アニュレに手をひかれ、ユヅルは立ち上がる。


「おい、女。聞こえなかったのか? 後悔するぞ」


 ソウタの罵声を背に、二人は宴席を後にした。

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