短詠唱の攻撃魔法を駆使する最強の爆裂魔法使いは、レベルゼロのまま

トマトジュー酢

災厄の爆裂魔法使い

処刑の朝

第1話 暗転

 お尻の衝撃で、ユヅルは目覚めた。

 冷たい床に座ったまま首を巡らせると、困惑顔の級友たちと目が合う。

 飛行機で修学旅行の帰りのはずが、淡い光の円陣の中にいた。

 囲む黒衣の輪が解けて、列柱を配する大広間に帯剣の白服が、長い絨毯を挟んで立ち並ぶ。

 一段高い玉座の老王が、片手を上げた。


「ようこそ、異界の若者たちよ。地下迷宮の深淵に刺さる魔杖まじようの回収が、君たちの任務だ」


 立ち上がった茶髪男子は、こめかみで両の人差し指をくるくると、


「意味がわっかりませーん。じじい、ボケてるのか?」


 揃いの抜剣に、下品な笑いが消える。


「貴様、不敬だぞ」


 老王は、踏み出した禿頭とくとうを片手で制して、


「まあ、よい。鑑定を始めよ」


 黒衣の女たちは、級友の手を取っていく。

 手を引かれ、ユヅルは立ち上がった。

 女の手のひらの黒いガラス玉に、異形の白文字が浮かんでは消える。

 目深に黒衣をかぶる女は、唇をなめた。



 ユヅルについた女は、老王の傍らでささやく。

 短くうなずいた老王は、ぴたりとユヅルを見据えて、


「ユヅルとやら。残念だが、明朝の処刑と決まった」


 小さな悲鳴が、高い天井に吸い込まれて。

 ユヅルは、ぼけっと口をあけたまま。

 老王は微笑む。


「レベルゼロとはいえ、爆裂魔法使いは、災厄さいやくをもたらすのでな。最後の一夜、酒、女、薬、ひとつ望みを叶えてやろう」


 ユヅルは、両手を握りしめた。


「なんで、僕が死ななきゃならないんだ!」

「許せ、少年」


 夢だ、そうに違いない——玉座を背に級友をかきわけ、ユヅルは大きな扉へ駆けだした。

 扉は目前、胸元に迫る長槍の穂先を、ユヅルは右手でつかむ。

 鮮血がこぼれて——。


「あああぁぁぁー」


 老王は顔をしかめ、


「誰か、治癒をかけてやれ」



 ユヅルは、黒衣の女の唱える紅唇こうしんをみつめた。

 手が淡い光に包まれ、傷口がふさがっていく。


「少年よ。望みをひとつ言うがよい、せめてもの誠意だ」


 わずか十七で人生が終わるなら——ユヅルは、覚悟の顔を持ち上げた。


「処女の美少女をお願いします」


 老王は、ニヤリと笑う。

 男どもは深くうなずき、女子生徒たちは眉をひそめた。

 ユヅルは、生徒の輪から抜けて足早に迫る少女に目をとめる。教室の隣席で彼女を声高に冷やかすエスカレーター組の女子どもに、一度だけ割り込んだことがあった。図書室での試験勉強で何度か言葉なく相席するも、親しい仲というわけではなく——。

 一歩の近さで足を止め、お下げ髪にメガネの少女は、胸元に両手を押しつけた。


「ユヅルくん。わたしと一夜を共に——」


 級友の爆笑に、負けじと茶髪は声を上げる。


「いやー、美男美女でお似合いだよ。一緒に大人の階段を上るのかー」


 ユヅルは、抱きしめようとひろげた手を下げる。勇気を振り絞った心優しい彼女に爪痕を残して死にたくない。


「気持ちだけで、十分嬉しい……ごめんね」


 落涙の少女から、ユヅルは目をそらした。

 袖を引っ張られて、顔を向ける。


「ユヅルさま、わたくしでよければ、初夜を捧げとう存じます」


 目深の黒衣を払いのけて、砂色の髪の少女は、黒瞳こくとうをのぞき込む。

 鋭い翠眼すいがんをしならせ花咲く笑みに、ユヅルは息をのんだ。


「……ユヅルさま、わたくしではご不満ですか?」

「あ、いや、その……お、お、おねがいします」

「うれしいですの」


 少女に抱きつかれ、ユヅルはふやけた。学生服の上からでも初めての、やわらかくて、甘やかな匂い、耳元をくすぐる声。


「——さま、助けてさしあげますわ」

「えっ?」

「少年よ、決めたのか?」

「は、はい。この娘にします」


 にいちゃん、しっかり腰を振るんだぞ——激励の声があふれて、ユヅルは腕にからむ少女を見下ろした。


「アニュレとお呼びくださいまし」


 見上げる小悪魔めいた笑み——きっと何かある、美しい花。

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