第28話 文月栞と修学旅行。【二日目・小樽編】

 末吉高校一年生の修学旅行、二日目。

 私たちは早朝六時に起き出してバイキング形式の朝食を取り、七時には準備を終えてすぐにホテルをチェックアウトした。

 学校の手配したバスに乗り、次なる目的地――小樽へと向かう。

 今回の小樽は行きたい場所を事前に決めてある。

 私たちはスマホで乗り換えをチェックして、一般のバスに乗り込み、目的地へと向かった。

 北海道内でも有名、らしい水族館。

 水族館なんておみくじ町の隣街にもない。来るのは初めてだ。

 しかし、何故わざわざ北海道で水族館なのかと言えば、目当ては流氷の天使・クリオネである。

 寒いオホーツク海にしかいないというクリオネは、班の女子の間でも人気が高く、満場一致で小樽での目的地に決定した。

 イルカやペンギンのショーも見られるとあっては、女子人気が高いのも当然と言えるだろう。

 水族館に入ると、美しくライトアップされた水槽がずらっと並んでいる。

 小さな生き物は小さな水槽が並べられているし、大きな生き物は天井まで届くほどの大きな水槽で優雅に泳いでいる。

 たしか、水族館では展示されている魚に客に見られているストレスがかからないように、水槽をライトアップし人間側の廊下を暗くすることで人間が魚から見えないようにしている、と聞いたことがある。

 私はフラッシュをたかないように設定に気をつけて、海の生き物たちを写していく。魚紹介の中に「ダイバー」という看板があって、思わずクスッとした。

 ふと、班のみんなや曽根崎そねざきの声が聞こえないな、と思ったときには、既に私の周りには知り合いが一人もいなかった。

 ――やばい、写真撮るのに夢中でみんなとはぐれてしまった!

 教師へ連絡する携帯電話は班のリーダーのギャル子が持っている。

 スマホは持っているが、曽根崎に連絡をしていいものか悩む。水族館の中でスマホ使っていいのかな……?

 スマホの画面を見ると、曽根崎からメッセージアプリにメッセージが来ていた。

『これ見たらすぐクラゲの水槽まで来て』

 なるほど、クラゲの泳ぐ円柱状の水槽は目印として丁度いい。

 私は小走りにクラゲまで向かった。

「あっ、しおりっち~! 良かったぁ、はぐれたときは焦ったわ~」

「すみません! はしゃぎすぎちゃって……」

文月ふみづきさんって意外と夢中になったり可愛いとこあるよね」

 ギャル子たちは寛容に笑って許してくれた。優しい。

「見つかってよかったよ」

「ええと、その……ありがとうございます」

 優しく微笑む曽根崎に、目を泳がせながらお礼を言う。

 こういう時、素直に感謝できないのが私の悪い癖だ。

「このクラゲも撮っとけば? ライトのおかげもあってすごくキレイだし」

「そうですね」

 私はデジタルカメラを構えてクラゲの写真を撮る。

 写真の腕はお世辞にもいいとは言えないんだけれど、入院しているおばあちゃんに土産話のひとつでもしてやれればいいなと思っている。

 そもそも、このカメラはおばあちゃんの所有物なのだ。本人はすっかり忘れてしまったが、カメラを片手に散歩するのが趣味だった。

 一応おばあちゃん本人に使っていい許可は得たが、本人は忘れていることだろう。自分のカメラであることを認識しているのかも疑わしい。

 班に合流した私たちは、やっとお目当てのクリオネの水槽に辿り着く。

「うっわ、思ってたよりちっちゃい!」

「かわいい~」

 女子たちは口々に感想を述べる。

 クリオネは自然と底へ沈んでいく身体をひれを動かしてなんとか現在位置を保っている。

 私はクリオネも忘れないように写真に収める。せっかく北海道まで来たのだ、これは外せない。

「イルカショーとかペンギンショーも見ていく?」

「え~、でも外でしょ? 寒いなか水とか浴びたらシャレにならないっしょ」

「離れた席に座れば大丈夫だと思うけど、たしかに寒いのは嫌だな」

 提案した曽根崎は顎に手を当て、考える仕草を作る。どうせカイロを隠し持っているくせに。

 結局、「とりあえず水族館の中で見られるものだけ見よう」ということで合意した。

 イルカやペンギンも水槽はあって、ペンギンは上半分が陸地、下半分は海水になっている。

 イルカの目が意外と死んでいるのはちょっと怖かった。ショーとか調教でストレスが溜まるのかもしれない。

 ペンギンは水に入ると、すいーっと滑るように泳ぐ。あの流線型の身体が水の抵抗を最小限にしているのだろう。ペンギンの泳ぎはスマホで動画を撮った。

「いや~、水族館楽しかった~! おみくじ町にもああいう施設できたらいいのになあ」

「財政苦しいって言ってたし、隣街と合併でもしなきゃ一生できないんじゃね?」

「合併しようにもこっちはお金ないから隣街にメリットないけどね~」

 班の女子たちはガハハと笑いながら歩く。

 私たちは今、映画やドラマの聖地として有名な小樽運河の道を歩いている。

 水族館に時間を取られすぎてすっかり夕方だが、一日楽しんだだけの成果はあったように思う。主に写真。

 私は小樽運河の風景も写真に撮った。映像の舞台に使われるだけあって映える。

「すっかり暗くなっちゃったね」

「ね~。まだ午後四時とかじゃん」

 曽根崎は相変わらずポケットに手を突っ込みながら歩いている。あのポケットの中にカイロが仕込んであるのだ。

 ふと、ふわっとした白い粒が目の前に降りてきた。

「――雪だ」

 私は手を伸ばし、降ってくる雪を受け止める。手の体温で雪はすぐに水滴に変わってしまう。

「あー、とうとう降ってきちゃったか。ホテルまで急ごう。積もって滑ったら怪我しちゃうよ」

 曽根崎の言葉で、私たちは道を急ぐ。ホテルはこの小樽運河の道に沿って行けば辿り着ける。

 余談であるが今回のホテル到着一番乗りは私たちだった。


 そして夕食を終えた夜、また班のリーダー格のギャル子の部屋に集まる。

銀城ぎんじょうパイセンってぶっちゃけどうよ?」

「あー……顔はいいんだけど、なんか生真面目すぎっていうか堅苦しいよね~」

 話題はまた私の周りの男達だ。

「つか、銀城パイセンと桐生きりゅうパイセンって雰囲気似てない?」

「あ~わかる~なんかどっちも無表情で怖いよね」

「でも御曹司に付き従う従者っていうのは見てて眼福っていうか~」

「マジこの学校に入ってよかったわ。てか、神楽坂かぐらざかパイセンってなんでこんな田舎町の高校にいるわけ?」

「アタシに聞かれても知らないよ~」

 言われてみれば、なんで神楽坂グループの御曹司がこんなクソ田舎の高校に通ってるんだろう。

 学力も申し分ないし、行こうと思えばもっと金持ちで優秀な人間の集まる学校にも行けたはずだ。

 機会があったら本人に直接聞いてみようかな、と思う。

「アタシだったらあの五人の中なら神楽坂先輩選んじゃうな~。結局カネ目当てなんだけどさ」

 ギャル子はガハハと笑う。

「カネを取るか愛を取るか、って感じだね。ぶっちゃけ栞っちって中島を選んで後悔しないの?」

「…………今、揺らいでいます」

 私は昨日、函館のホテルで起こったこととその時の気分を話す。

「あー、逢瀬おうせくんに揺さぶられちゃったか~」

「実際逢瀬くんが好きなのかどうかも分からない、と」

「はい……」

 話しててだんだん恥ずかしくなってきた。こんなに自分の恋愛事情を赤裸々に語っていいんだろうか。

「ぶっちゃけ、客観的に見て好きになりかけてるよね」

 女子に言われて、ぐっと言葉を詰まらせる。

「でもそれってさぁ、他の四人も同じじゃない? 別に嫌いな人いないでしょ栞っち」

「……まあ、嫌悪感はない……ですね」

「アタシならテキトーに五人とも転がして貢がせるのもアリかと思ったけど、栞っち性根はいいから罪悪感抱きそうだよね」

 こ、転がすって……。

 たしかに私だったら罪悪感は湧く。

 でも今の状態がまさにそれで、私は最終的に誰を選べばいいか、答えを出せていない。

 答えが出ないから、ほどほどに奴らと交流して、色んなものを捧げさせている。

 ある者は良家の令嬢との縁談を捨てた。ある者はパシリになってまで傍にいようとした。

 このまま答えを出せなければ、私も彼らもきっと後悔することになる。そんな気がする。

「悩め悩め、若者よ。悩んだ末に出した答えなら、きっと後悔はないじゃろう」

「何キャラだよ」

 ギャル子の言葉に、女子たちはまたギャハハと笑う。

「ま、どうしても選べないってんならまた相談してよ。アタシたち、もうズッ友だかんね!」

「ズッ友……?」

 一人ぼっちだと思っていた私に、いつの間にか友人ができていた。

 明るく愉快な友人たちとともに、私の小樽での夜は更けていった。


〈続く〉

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る