11月編(修学旅行編)

第27話 文月栞と修学旅行。【一日目・函館編】

 時は十一月。

 私たち末吉高校の一年生は、今回は学校を飛び出し、修学旅行をすることになった。

「この高校、全学年が修学旅行に行くって、おかしくないですか?」

 私――文月ふみづきしおりの疑問は本来もっともなものであるはずである。

 修学旅行というのは、普通一年生は行かない。

「ん~、なんでも生徒会長の発案らしいけど」

「またあの人か……」

 曽根崎そねざきの回答に、私は手のひらで額を押さえる。

 そういえば、神楽坂かぐらざか邸に監禁されて脱出した翌日に、図書室でそんな話を聞いた気がする。

 学年ごとの行き先は既に決まっていて、一年生は北海道、二年生は沖縄、そして三年生はハワイに行くことになっている。三年生に至ってはもはや日本を飛び出している。

 毎年修学旅行なんてされたら家計が圧迫されそうなものだが、旅費はすべて神楽坂グループが出しているので安心だ。安心か?

 まあそれはおいといて(というかあんまり考えたくない)、一年生の修学旅行のスケジュールも既に『修学旅行のしおり』として配布されていた。

 一日目は函館、二日目は小樽、三日目に札幌と、北海道を途中まで北上する形になる。

 そして最終日には新千歳空港に向かい、飛行機に乗っておみくじ町へと帰ってくる。

 厳密に言うと、おみくじ町は空港があるような開発の進んだ土地ではないので隣の大きな街のはずれ、海の近くに発着場がある。そこからさらにバスに乗っておみくじ町へ戻るわけだ。

「栞ちゃん飛行機乗るの初めてだよね? 手続き教えてあげるね」

「待て、なんで飛行機乗ったことないの知ってる」

「秘密~」

 曽根崎は広い空港内で何をしたらいいのか呆然とする私のスーツケースを手にとって歩き出す。

『秘密』とは言っているが、どうせ私の母が口を滑らせたに違いない。この男はすでに外堀を埋めているのだ。末恐ろしい。

 スーツケースや手荷物のX線検査をくぐり抜け、まだ買う必要のないお土産屋さんを適当に覗いたりして時間を潰したのち、時間が来たので全員集合して飛行機に乗り込む。

 そうして私たちは今、函館空港に立っている。

「さっっっむ!」

 制服の上にコートとマフラーを装備しているとはいえ、女子の制服は基本スカートである。スカートの端を折ってミニスカにしている女子なんてカタカタ震えている。

「十一月なんて北海道じゃ雪が降る時期だからねえ」

 曽根崎はあっけらかんとした態度でポケットに手を突っ込んで立っている。

「なんでそんなに平然としていられるんだよ……」

 曽根崎があまりに寒がっている様子がないので、私は疑問を投げかける。

「他の子には内緒ね?」

 曽根崎がポケットから手を出して何かを握らせる。

 カイロだった。

「……サンキュ」

 曽根崎から物をもらうのは癪だが、たまにはコイツも役に立つ。


 さて、修学旅行に出かける前に、私たちのクラスは班を組むことになっていた。

 班を組む、という行為が一人ぼっちの私にとっていかに難しいことか、読者の皆さんのなかには心当たりのある方もいらっしゃるのではないだろうか。

「はい、好きな子とペアを組んで~」という教師の言葉の残酷なこと。

 しかも今回はペアではなく六人の班。難易度が一気に跳ね上がる。

 友人のいない私はこんちゃん先生の導きにより、体育祭の徒競走のメンバーに入れてもらうことにした。

 しかし、徒競走のメンバーは五人だった。あと一人メンバーが必要だ。

 そこに滑り込んできたのが文月栞大好きっ子の曽根崎そねざき逢瀬おうせというわけだ。

「いや~、文月さんいると逢瀬くんついてくるからラッキーだわ~」

「なんか得した気分、わかるわ~」

 班の女子たちはキャイキャイとはしゃぎだす。

「…………まあ、皆さんが満足ならいいですけど」

 私に敵意がないのはいいことだ、うん。

「栞っち、あんま逢瀬くんに冷たくしてると誰かに盗られちゃうよ~?」

「し、栞っち……?」

 ギャルって急に距離詰めてくるよね……。

 というか、曽根崎を奪えるものなら奪ってほしい。誰かに押し付けたい。

「ナイナイ。俺、栞ちゃん一筋だから」

「抱きつかないでください」

 私は全力で曽根崎の身体を押し返す。

「えーつまんなーい」

「そ、それより修学旅行でどこ回るか決めませんか……?」

 私は必死に軌道修正をして、修学旅行の行き先を相談するのだった。


 さて、修学旅行一日目、函館。

 空港を出た私たちは全員でバスに乗り、元町エリアに向かった。

 ここは大きくて急な坂と、そこに立ち並ぶ教会や外国人墓地、歴史ある洋式建築の建物が立ち並ぶ有名スポットだ。

 ここから各自自由行動に移る。緊急の場合に備えて今ちゃん先生を含め修学旅行に付き添いで来ている先生方に繋がる携帯電話をすべての班が持たされている。

 そのまま元町エリアを散策する班もあれば、早々に元町をあとにして他のエリアへ移動する班もある。

 私たちは観光タクシーを手配していた。観光タクシーなら一日かけて函館市内を巡り、宿泊予定のホテルへもそのまま向かってくれる。便利なことこの上ない。

「面白みはないかもだけど、結局こういう観光バスとかタクシー使ったほうが無難なんだよねえ」

「いやあ、坊っちゃんのおっしゃるとおりですよ。函館だけでも広いから土地勘ないと迷子になっちゃうしね。函館市内のだいたい有名どころは回りますから、楽しんでいってくださいな」

 曽根崎の言葉に反応したタクシーの運転手さんに、私は「よろしくお願いします」と頭を下げた。

 現時刻は十一時で、ホテルには十六時には戻らなければならない。

 私たちはあらかじめ五時間コースに設定していた。

 観光タクシーも時間によって要求される代金が違ったりするが、そこは神楽坂グループが持ってくれるので心配しなくて大丈夫だろう。

 生徒たちは「神楽坂グループにツケておいてください」と言うように伝えられていた。

 ずる賢い生徒ならお高めのランチや海鮮丼、寿司なども神楽坂グループのツケで食べているに違いない。

 そして神楽坂グループはそれを許容していた。どんだけ寛容な金持ちなんだ……。

 それはともかくとして、観光タクシーの車内はソファがふわふわで六人乗っても広く、思っていたよりも快適である。

 暖房もつけられていて、十一月の寒さをものともしない。

 タクシーの運転手さんととりとめのない会話をしながら、まずは元町を軽く回る。

 先に述べたとおり、元町は坂が大きくて多い。車ならともかく、歩きはちょっとつらいものがある。

「この坂は昔テレビCMにも使われた場所でしてね」なんて運転手さんは気さくに話しかけてくれる。

「――そら、坂の頂上に着きましたよ。ここで写真撮ったら映えるんじゃないかな」

 結構急で幅の広い坂の頂上。向こうには海がきらめいている。

「わ~、すっごーい! ねえねえ、写真撮ろ!」

 一旦タクシーを降りて、みんなスマホのカメラを向ける。

 最近は何にでもスマホを向けるようになったなあ、と思いながら、私も首から下げた持参のデジタルカメラで一枚パシャリ。

「栞ちゃん栞ちゃん」

 曽根崎が手招きする。すっごい嫌な予感がするので近寄りたくない、と思う間もなく腕を引かれる。

 曽根崎はスマホを自分たちに向けて、海をバックに写真を撮った。

「……なんですか」

「セルフィー。自撮りだよ」

「肝心の海、ほとんど写ってないじゃないですか」

 写真は曽根崎と驚いた顔の私で埋められており、背景なんてほとんどあってないようなものだ。

「自撮りなんだからいいのいいの。せっかくの栞ちゃんとの旅行だし、思い出残しとかないとね」

 中島なかじまも今回は邪魔できないし、と曽根崎は底意地の悪い顔で笑う。

 猫春ねこはるも函館には来ているはずなのだが、隣のクラスなので当然行き先も違う。

 おそらくホテルに着くまで会うことはないだろう、という確信があった。

 再びタクシーに乗り込んだ私たちは、次に赤レンガ倉庫群にやってきた。

 その名の通り赤いレンガで出来た建物は、今は中に店が並んでいるらしい。

 お土産屋さんが中心らしく、食べ物やお菓子、アクセサリーに美容商品など、ありとあらゆるものが目白押しだ。

「栞ちゃん、なにか買う?」

「私イカ飯食べてみたかったので持って帰ろうかなって」

「イカ飯……」

 私はイカ飯の真空パックを手に取りながら、曽根崎と話をする。

「曾根崎くんはなにかお土産買わないんですか?」

「おみやげより、栞ちゃんになにか贈りたいな」

「別に要りません」

「遠慮しなくていいよ。どうせ神楽坂持ちなんだから」

「いや、遠慮とかそういうのじゃなくて」

 会計を済ませた私の手を半ば無理やり引いて、曽根崎はアクセサリーショップに入る。

 どうやら天然石をアクセサリーに加工して販売している店のようである。

 法外、とまではいかないが、結構高い。真っ先に目についたのは、鮮やかな青色のラピスラズリのネックレス。でも小さい石なのになんと五千円の値札がついている。腐っても宝石だな、と思ってしまう。

「あ、これほしい? 買ったげる」

「いやいやいや、もらえません」

「神楽坂なんかのお金じゃなくて、俺のポケットマネーだから遠慮しなくていいよ?」

「お願いだから話聞いて……」

 結局曽根崎は自分の財布から五千円札を出していた。

「はい、プレゼント。こういうタリスマンってお守りになるらしいから、今回の旅行が楽しいものになるといいね」

「はあ……」

 結局断りきれずに受け取ってしまった。

 曽根崎に借りを作るとあとが怖いのだが、どうも彼にはそういった意図が感じられない。

 純粋に、好意でプレゼントしている感がある。

 ――いやしかし、このストーカーを信用していいのか……?

 考え込んでいると、

「ねえねえ、栞っち! あっちの化粧品売場すごいよ! 栞っち普段ノーメイクだから、この際おしゃれしようよ~! アタシが化粧してあげるからさ」

「え? え?」

 同じ班のギャルっぽい女子に腕を引っ張られて、私は戸惑いながら引きずられるように歩き出す。

 曽根崎が見守るように微笑みながら、三歩後ろを歩いていた。


 赤レンガ倉庫で買い物をしていたのは二時間程度であろうか。

 すっかりタクシーの運転手さんを待たせてしまった。

「遅くなってすみません」

「いえいえ、これが私の仕事ですから」

 ペコペコ頭を下げる私に、運転手さんは手をひらひら振りながら笑う。

「それより、楽しい買い物ができたみたいでよかったね。観光客の笑顔が私たちの何よりの報酬さ」

「はい、それはもう……」

 私たちはタクシーに乗り込み、最後の目的地――五稜郭に向かった。

 その場所こそは、私の一番の目的であり、あこがれの場所であった。

 五稜郭といえば、戊辰戦争で旧幕府軍と新政府軍が戦った地として有名である。

 私は歴史小説で新選組をすっかり好きになり、いつかは五稜郭を訪れてみたいと思っていた。

 そういう意味では今回の修学旅行をセッティングしてくれた神楽坂先輩には頭が上がらない。

 五稜郭タワーの展望台から見ると五稜郭は星の形をしているらしいが、地上にいるとただのだだっ広い公園である。お堀の周りの道は地元民のジョギングコースになっているらしい。

 お堀には水が満ちており、ボートを漕ぐこともできるらしいが、今回は断念。

 それよりも、公園の中心に行きたい。

 橋を渡ってお堀を越えると、箱館奉行所がある。数年前に復元されたばかりとかで、まだ木造建築が新しい感じがする。

「わー……わぁー……」

 私は五稜郭に入ってからずっと夢中でカメラのシャッターを切っている。

 春に来たら満開の桜が待っていただろうが、今は十一月である。しかし、黄金色のイチョウも美しい。

「……栞っちって、歴史オタなの?」

「オタクってほどではないだろうけど、小説の内容を追体験したがるところはあるね」

 ギャル子の疑問に、曽根崎は訳知り顔で答える。そんな会話も耳に入らないほど、私は五稜郭に魅了されていた。

 公園内に無造作に置かれた大砲や和風建築の建物などをパシャパシャと撮りまくる。

「栞ちゃん、奉行所入ってみる? 色々展示されてるみたいだよ」

「行きます!」

 私は柄にもなく興奮する。曽根崎の言葉に素直に従う程度に、である。

 本音を言うと新選組の隊士が使っていた刀も見てみたかったのだが、奉行所内にはないようだった。ちょっと残念。

 五稜郭でさらに一、二時間ほど滞在してから、私たちは観光タクシーに乗って今回宿泊するホテルへと向かった。


 少し観光に熱が入りすぎたかもしれない。予定時刻を少し遅刻して、私たちはギリギリでホテルに入った。

 今ちゃん先生が少し心配していたらしく、私たちがホテルの玄関に入ると安心した様子であった。

「あなたたちが最後よ。ちょっと楽しみすぎたんじゃない?」

 そういって、心配を隠すようにおどけた調子で私たちをからかう。

「すみません、先生」

「いいのよ。でも社会人になったら五分前、十分前行動は当たり前なんですからね?」

「はい……」

 遅刻したのは、もちろん私がはしゃぎすぎたせいである。猛省。

 さて、私は今ちゃん先生からホテルのルームキーを受け取った。

 今回の修学旅行、なんとホテルの部屋は一人一部屋与えられている。普通二人一部屋とか、雑魚寝するくらいギュウギュウ詰めにされるものだと思っていたから驚いた。

 もちろん友達の部屋に遊びに行くことも出来る。その代わり大浴場というものはないらしく、各自で部屋についているシャワー室を使うことになる。

 私は自分に与えられた部屋に入り、荷物を置いてベッドの端に座って、フウと一息つく。

 スーツケースを転がし、他にショルダーバッグも肩から下げていたので肩がこる。盗難されないように気も張っていたから、安心すると一気に気が抜けた。

 不意に、トントン、とドアをノックする音が聞こえた。ホテルマンだろうか。私に訪ねてくるような友達いないし。

「はーい」

 ドアを開けて、うげぇっとした顔になる。曽根崎が立っていた。

「来ちゃった」

「来ちゃった、じゃねえよ」

 私はいかにもうんざりとした表情で額に手を当てる。

「女の子の部屋を男が訪れるとか、デリカシーなさすぎません?」

「そんなこと言って、もし中島だったら部屋に入れるくせに」

「まあそれは否定しませんけど」

 否定しないんだ……とちょっとショックを受けたっぽい曽根崎を置いて、ドアを閉めようとする。

 が、ガッとドアを手で押さえられる。

「待って待って、部屋に入れて」

「人を呼びますよ」

「この場で口塞ぐよ? 人に見られてもいいの?」

 完全に脅迫である。

 半ば無理やり部屋に押し入られて、私はどうしたものか、と考える。

「……何か用事があってきたんですか?」

「好きな女の子の部屋に来るのに理由が必要?」

「お前ホント帰れよ」

 キメ顔で言ってくるのが本当に腹が立つ。

「あはは、冗談冗談。十八時の夕食までまだ時間あるからちょっと話したいなって思っただけ」

「話って、何の」

「いや、今日あったこととかさ。――そういえば、俺がプレゼントしたタリスマン、持ってる?」

 曽根崎に言われて、ショルダーバッグを見る。

 ガサゴソと探ると、奥の方にアクセサリーを入れた細長い袋があった。

「ちょっとつけてるとこ見たいな」

 曽根崎のおねだりに、渋々と袋からネックレスを取り出す。

 クリスタルのように六角柱状にカットされたラピスラズリが一個、チェーンに繋がれて揺れている。曽根崎がタリスマンというとおり、お守りの効果がありそうな感じに見える。

 曽根崎は結構プレゼント選びのセンスがいいらしい。多分女の子に贈り慣れているんだろう。

 ……そう思うと無性に腹が立つのは何故だ。

「つけるの手伝おうか」

 いえいいです、と言う前に、曽根崎は既にネックレスを私の手から掠め取っていた。

「後ろ向いて」と言われ、不承不承に曽根崎に背中を向ける。

 チェーンを繋ぐ時に曽根崎の手が首筋をかすめて、思わずビクリとする。

「あ、ごめん」

「…………いえ」

「結構ここ敏感なんだね。あんまり人に触られたことない?」

 フェザータッチというのか、触れるか触れないかの感覚で触られて身体が跳ねないように必死に我慢する。

 首筋を触られる機会なんて普通ないだろう。あっても美容院で産毛を剃られるくらい。

「ね、ネックレスつけるなら早くつけろよ」

「もうつけたよ?」

「じゃあもう触るな」

「ふふ、ごめんごめん。必死に我慢してるの見たら可愛くなっちゃって」

 バレてる。

「こっち向いて」と肩を優しく掴まれてグルンと身体を回転させられる。

「うん、似合ってる。可愛い」

 そう言って、曽根崎はネックレスの石に口づける。「栞ちゃんを守ってくれるように願いを込めたからね」と奴は微笑む。

 ……こういうの、イケメンだから似合うんだよな。

 何も言えず曽根崎を見つめていると、ふと目が合って――唇が重なった。

 私はと言えば、驚いて目を見開きはしたけれど、何故か抵抗の意思はなかった。

 曽根崎とキスをしたのは、これで何度目だったか。

 無理矢理にされることが多かったけど、今回は不意打ち、という感じでもなかった。

 曽根崎の胸に手を当てていたけれど、押し返す力も込めていなかった。

 私はどうしてしまったのだろう。

 口づけは私の思考の長さのわりにはほんの数秒というところだった。

「……なんで、いま、キス……」

「してほしそうな顔、してたから」

 してたはずがないだろう。だって、私は、猫春一筋なはずで――……?

 まずい。私の中で何かが揺らいでいる。私は本当は、誰が好きなのか――?

 五人もの男に囲まれて、ちやほやされているうちに、私はいつの間にか尻軽女になってしまったのか……?

「……大丈夫?」

「ごめん、今日はホント、一人にしてくれ」

「でも、泣きそうな顔してる」

「誰のせいだと――」

 曽根崎に当たり散らしそうになるのを必死にこらえて、私はぐっと言葉を飲み込む。

「……お願いだから、独りになりたい。独りで考えさせて」

「わかった」

 曽根崎の背中を両手で追いやるように押すと、彼は素直に従った。

 ドアが閉まると、私はベッドに戻って、体育座りをする。

 悩みごとがあると体育座りをして考え事をするのは、小さい頃からのクセだ。

 小さい頃はよくおばあちゃんに学校で喧嘩したことを相談しながら、体育座りして拗ねてたっけ。

 体育座りはいわば、自分を抱きしめて慰めるような姿勢だ、と思う。

 私を守ってくれる人はいなかった。おばあちゃんは、私を守るにはシワシワで、か弱すぎた。

 私は、夕食の時間まで体育座りをしながら考えを巡らせていたが、結局答えは見つからなかった。かといって、相談する友人もいない。

 一旦考えるのを諦めて、一階の食堂へ向かった。

 ホテルの夕食はバイキング形式だ。アホな男子が自分一人では食べ切れない量を調子に乗って盛り付けているのが見える。

「おっ、栞っち~! こっちで一緒に食べよ~!」とギャル子がブンブン大きく手をふっている。

 うなずいた私は好きな料理を適量盛り付けてからギャル子たちのテーブルに座る。

「あれ? 文月さん、そんなアクセつけてたっけ?」

 早速ネックレスに気づかれる。

「え……っと、曽根崎くんにもらって……」

「え~っ、逢瀬くんからプレゼント!? 羨ましい~!」

「栞っち、愛されてんなぁ~オーイ! 愛され栞っちかぁ~?」

 正直意味のわからない煽り文句を聞かされる。

「……」

 私は答える気にもなれなくて、無言でうつむく。

「? どうしたの?」

「なんか悩み事でもあんだべ? あとでアタシの部屋に来い! 恋バナしよ!」

「え?」

 思いがけない言葉に、私は弾かれたように顔を上げる。

「おいおーい、水臭いぞ~? 同じリレーを走った仲なんだからさ~もっとさ~打ち解けていいんだぞ?」

「で、でも私は元スケバンで、暴力もたくさん振るってきて……」

「『元』ってことは今はスケバンじゃないんでしょ? そりゃ、あの七夕のときとかマジビビったけどさ、アレは喧嘩売ったほうが悪いっしょ」

「結果的に文月さんのおかげでアレ以上七夕まつりが荒らされることもなかったわけだし」

「んだんだ。とにかく、曽根崎くんとの進展も聞きたいしぃ~? あとで全員アタシの部屋集合ってことで」

 トントン拍子に話が進んでいくのを私は呆気にとられて見ていた。

 相談する相手がいないと思っていたのは、私の勝手な思い込みだったのかもしれない。

 そんな感じで、ギャルたちとともに夕食を楽しんだ。

 曽根崎は調子に乗って料理を盛りすぎたアホだった。


 その夜。

 シャワーを浴び終えた私たちは、学校指定のジャージをパジャマ代わりに、ギャル子の部屋に集合していた。もちろん曽根崎は除く。

「はぁ~、男五人に囲まれて逆ハーレムお姫様プレイとは恐れ入った」

「栞っちとアタシたち、何が違うというのか……」

「いやでもやべぇヤツに好かれてんじゃん。生徒会長ってイケメンなのにそんな変態だったの?」

 私のこれまでの経緯を聞いて、ギャルたちはドン引きであった。そりゃそうだ、私だってドン引きだよ。

「んで、その五人の中から誰の手を取るべきか迷っている、と」

「あ~……順当に行けば本来栞っちが好きだった中島にすべきなんだろうけど、なーんか頼りないんだよなアイツ」

「んだな、一回文月さんから逃げてるしな、あの腰抜け」

 好いている相手を腰抜け呼ばわりされて本当は怒るべきなんだろうけど、ギャルたちのあっけらかんとした言い草に怒る気にもなれない。

「もういっそ全員フッたほうがいいかもわからんなこれは」

「ほぼ変人か変態しかいないもんなあ……」

「でもさ、最終的に決めるのは栞っちだよ。それだけは忘れないでね。アタシたちは面白がって好き放題言ってるだけだから」

「はあ」

 ギャルって本当に正直に生きてるんだなあ……。

「しっかし、逢瀬くんマジで栞っちのことしか見えてないじゃん。こえーわ。引くわ」

「本気出したイケメンマジこえーからな。知らんけど」

「付き合ったらめっちゃ束縛されそう」

「ありえるわ~」

「っていうか今の時点でだいぶ束縛されてね? 強引にキスされたりとかイケメンじゃないと許されざる行為だよね~」

「で、曽根崎ってキス上手いの? どうなの?」

「は!?」

 それまで受け身で聞いていた私は、急に話を振られて困惑する。

「い、いや、上手いかどうかなんて分からないし……」

「でも女性遍歴すげーらしいから絶対上手いってアイツ」

「髪型変えるまでマジでチャラ男だったもんね」

「アタシ今の髪型のほうが好き~。お耽美な美少年で謎の色気あってさあ」

「わかる~」

 そのまま消灯時間まで、私たちは五人の男たちについて語り合ったが、結局話はまとまらず、最終的に私が決めるしかない、という事実しか残らなかった。

 明日もまた恋バナしよーね、とギャル子が締めくくって、修学旅行の一日目は終了したのであった。


〈続く〉

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