第15話 文月栞と中間テスト勉強会。
七月。
夏休み前の中間テストが差し迫っている。
「
「勉強会ですか、いいですね」
勉強会という発案自体は悪くない。曽根崎は一年生の二周目なので、おそらくは私よりも一年生の授業内容をよく理解している(と思いたい)。
「じゃあ私、
「は? なんでアイツの名前が出てくるわけ?」
お前と二人きりになりたくないからに決まってるだろ。
以前曽根崎の部屋に連れ込まれたとき――いや、アレは私が自主的に行ったんだった。それはともかく――襲われかけたので、私のコイツに対する信頼感はゼロである。
「栞様と一緒にお勉強できるなんて夢みたいです! 是非ご一緒させてください!」
猫春は大きな目をキラキラさせて快諾してくれた。それにしても『栞様』はやめてほしい。
「中島、お前ホント遠慮って言葉を知らねえよなあ」
「ありがとうございます」
「褒めてねえからな!?」
曽根崎の嫌味が全く効かない猫春、メンタルが意外と強い。
そこへ、
「
一年A組の教室の引き戸をガラリと開けて、
「ハァ? 一年生をやり直してる俺が二年生の内容なんてわかるわけねえだろ。お前同じクラスで友達いねえの?」
「逢瀬しか友達と認めた者がいない」
「お、おう……そうか……」
曽根崎はやや引き気味であった。
「話はすべて聞かせていただきました」
銀城先輩の後ろから生徒会長と生徒会副会長――
「二ノ宮くんはこちらで預かりましょう。しかし、この大人数では一般家庭に入っては迷惑になってしまいます。そこで、わたくしの家に来ませんか?」
いつの間にかこの六人で勉強会することになっている。
神楽坂邸かあ……監禁されたことあるからあんまりいい思い出ないんだよなあ。
「銀城先輩、神楽坂先輩、桐生先輩、中島と俺、栞ちゃんで分かれて勉強すればいいんじゃないかな!」
「なんで僕、先輩方のほうに放り込まれてるんですか?」
笑顔で言う曽根崎に、猫春がツッコむ。
「そうですよ、そもそも曽根崎くんと二人きりになりたくないから猫春くんを呼んだのに」
「え……ひどくない……?」
私の言葉に、素の顔で傷つく曽根崎。
「ですから、六人で集まって勉強していれば、さすがに誰かと二人きりになる機会はないでしょう? 悪くない提案だと思うのですが」
「うーん……そこまで言うなら……」
あの神楽坂の家というのが一番の不安材料なのだが、六人という大人数ではファーストフード店にも席がないし、ファミレスや図書館でも騒がしくて周囲の迷惑になってしまう。
渋々と言った感じで、私たちは神楽坂邸へ向かうことになったのであった。
神楽坂緋月の部屋。
「部屋デカッ!」
曽根崎は目を丸くしている。
「来る途中の車のクッションもふかふかだったし、おうちも大きいし……スケールが違いますね……」
猫春は恐る恐るといった感じで部屋を見回す。
神楽坂の部屋は人間が六人どころか二十人くらい入ってもまだ余裕がありそうな広さだった。ちょうど末吉高校の一クラスがまるまる入ってしまう。
壁際には本棚がずらりと並び、学習机がひとつと壁に据え付けられた大きな薄いテレビ。
「明らかに一人用のベッドの大きさじゃない……」
キングサイズとかクイーンサイズとか私にはよくわからないけど、どんなに寝相が悪くても落ちたりしないだろうという大きさはある。
「栞さん、横になってみますか?」
神楽坂が私にニッコリと笑いかける。その笑顔が怖い。
「嫌な予感がするのでいいです」
「おや、さすがに人の目がある場所では襲いませんよ?」
ホントこの人怖いなあ……。
私はこの五人のうち、誰とも二人きりにならないようにうまく立ち回らなければならないんだろうか……。特に曽根崎と神楽坂。
不安。
「早く勉強会を始めよう。時間がもったいない」
「それは同感ですね」
銀城先輩の言葉にうなずく桐生。
神楽坂は使用人たちに命じてテーブルを二つ運び込ませ、私、曽根崎、猫春と、銀城先輩、神楽坂、桐生の二組に分かれて勉強会を始める。
私と猫春は、曽根崎に勉強を教わりながら予想問題を解いていく。一年生の二回目をやり直しているだけあって、曽根崎はかなり授業内容を理解しているようであった。
とはいえ、私も猫春も読書家で勉強家でもあるので、授業はきちんと聞いているし、特に国語が得意科目だ。猫春のノートの取り方がとてもキレイでうっとりするほどだ。
一方、もともと成績がいいらしい神楽坂と桐生は二人がかりで銀城先輩に勉強を教えているようだった。
神楽坂と桐生は多分、勉強する必要がないほど頭がいい。そんな感じがする。
「栞さん、勉強は順調ですか?」
神楽坂がすすすっと私の方に体を寄せてくる。
「俺が教えてるので大丈夫ですよ神楽坂先輩。早く銀城のところに戻ってください」
そう返す曽根崎は引きつった笑顔を浮かべている。
曽根崎にとって、おそらく最大のライバルは神楽坂だろう。頭が良くて優雅な雰囲気をまとった金持ちイケメン。私と傾向が合っているかは知らないが、おそらく本も読むだろうし。
……自分を奪い合う男たちを冷静に分析するの、なんか嫌だな。
「おや、良いではありませんか。二ノ宮くんは桐生がいれば充分でしょうし」
神楽坂は曽根崎の塩対応にも屈することなく、優美な笑みを浮かべる。
しかし、桐生と銀城のテーブルからは苛立った声が聞こえてくる。
「二ノ宮銀城くん、君がここまでおつむが悪いとは思いませんでした」
「あいにく、自分はスポーツ推薦で入学したものでな。勉強には興味がわかない」
「興味があるとかないとかそういう問題じゃないでしょう。赤点を取ったら部活動は停止なんですよ」
「それは困るが、興味がないものにどう取り組めと?」
「ああ、この空手バカは!」
桐生はストレスを感じているのか、キレイに整えられた髪を手でグシャッとかきむしる。
「……なんかダメそうですけど」
桐生先輩、かわいそうに……。
「桐生、あなた一人でなんとかしなさい。わたくしはこれから栞さんに手取り足取り腰取り教え込む算段なのですから」
「誰かこのエロ会長なんとかしてくれ」
腰取りってなんだ、腰取りって。腰で勉強するものじゃないだろ。それを言ったら足もか。
そんな感じで、本物のメイドさんが淹れてくれる紅茶を飲みながら、私たちの勉強会は過ぎていった。
その後、中間テストで私と猫春、曽根崎は特に苦もなく合格点。神楽坂と桐生も問題なく高得点を取ったと聞く。
問題の銀城先輩は、神楽坂と桐生の二人がかりでとにかく頭の中に知識を詰め込ませ暗記させと手を尽くして、なんとか赤点は免れ、クラスで二位の成績まで上り詰めたという。
……しかし、銀城先輩のことだから、きっとテストが終わった瞬間にすべて忘れるのだろう、と私は思うのであった。
〈続く〉
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