第14話 文月栞、舎弟爆誕。

 七夕まつり以降、私――文月ふみづきしおりと恋人の中島なかじま猫春ねこはるは一週間ほど顔を合わせなかった。というか、猫春が私に見つからないように避けているふしがある。

 もはや恋人と思われているのかどうか。図書室にもめっきり来なくなった。

 私は意を決して、隣の一年B組を訪ねてみることにした。猫春に直接拒絶されるのが怖くて顔を合わせづらかったが、もう限界だ。

「中島猫春くんはいますか?」

「あ、スケバン文学少女ちゃんだ」

 引き戸の近くにいた男子生徒に黒歴史をほじくり返されて、私は思わず睨みつける。私の眼力がんりきにビクリと震えた男子生徒は、

「猫春ー! 文月栞さんがいらっしゃってるぞー!」

 と、さん付けしてくれた。どうやら猫春は教室内にいるらしい。というか見えた。

「い、いないって言ってくださいっ!」

 猫春は地震にでもったかのように机の下に隠れ、両手で頭を覆う。

「いや、見えてますからね猫春くん」

 男子生徒に無理やり連れられて「早く文月さんをなんとかしてくれ」と教室を追い出された猫春。かわいそう。

 とりあえず広い場所に出ようと階段の踊り場を目指して歩くが、生徒たちがすれ違うたびに私を避けるように歩く。

 無理もないことではある。七夕まつりで散々暴れてしまったのだ。もはや私はこの学校の空気にはなれず、「さわるな危険」の爆弾扱いだった。

「……ぼ、僕に何の御用でしょうか……すいません命だけは……」

 ひと気のない踊り場に来た途端に、猫春は猫が小さく丸まるように土下座をする。

「猫春くん土下座はやめてください。私の話を聞いてください。私たち、一度ちゃんと話し合ったほうがいいと思うんです」

 私はなるべく優しい声音で語りかける。

「猫春くん……怖がらせちゃって、ごめんなさい」

「……ぼ、僕、栞さんがあんな人だったなんて知らなくて……」

 胸がズキ、と痛む。猫春を幻滅させてしまった。

「……ぼ、僕、栞さんが男を殴り飛ばしてるの見て、怖くなって……でも、なんだかその姿が美しくて、かっこよくて、ドキドキして……この感情にどう折り合いをつけたらいいか、わからなくて……」

 ……ん? ……んん??

「栞ちゃん、彼はもしやドマゾなのでは?」

「話がややこしくなるから曽根崎そねざきくんは黙っててください」

 っていうかどっからいたんだお前。

「栞さん、いえ、栞様! 僕を舎弟にしてください!」

「はい? ……はい?」

 猫春の発言が一瞬理解できず、私は固まってしまった。

「僕、あなたのファンになっちゃいました! 彼氏なんておこがましいです! 舎弟でもパシリでも子分でもいいので僕をこき使ってやってください!」

 猫春の目は憧れと尊敬で輝いている。が、言っていることがおかしい。

「待って、ちょっと待って」

「つまり恋人関係解消だな!? やっふー!」

 動揺している私の横で、曽根崎はガッツポーズをしている。

 混乱しているうちに授業開始のチャイムが鳴ってしまい、私は混乱したまま猫春と別れ、曽根崎とともにA組の教室に帰るのであった。


 昼休み。

「お昼ですね栞様! 僕、パン買ってきます!」

「いや弁当あるから大丈夫で……あああ……」

 A組にまでわざわざやってきたやたらテンションの高い猫春は教室を飛び出し、購買へと走っていってしまう。

「あれ、文月さんって中島くんと付き合ってたんじゃ……」

「栞様って呼ばせてるの……?」

「バカ、アンタあの女が元スケバンって知らないの? うかつに話しかけたら殺されるよ」

 A組の生徒たちの喧騒の中に、そんな声が聞こえてくる。

 もはや私はクラスの空気どころか毒ガス、異端の存在であった。

「中島、あのまま帰ってこなきゃいいのにな~」

 そんな中、曽根崎は私と机を合わせて肘をついて座っている。

「……曽根崎くん、私と一緒にいると曽根崎くんまで異端扱いされますよ」

「栞ちゃんとお揃いになれるなんて嬉しいね」

 何言ってんだ、コイツ。

「もうその堅苦しい敬語も使う必要ないんじゃない? 意味ないし」

「いえ、……もう少し化けの皮をかぶります」

 もう意味がなくたって、約束した相手がもう覚えていなくたって。

 おばあちゃんと結んだ「喧嘩っ早い自分を卒業する」という誓いを、簡単に破りたくないのだ。

 ……いや、しょっちゅう化けの皮は剥がされているが。おもに曽根崎に。

「栞様~! 焼きそばパンとメロンパン買ってきました! お好きな方をどうぞ!」

 息を切らしながら、猫春が戻ってくる。

「まだまだ甘いな中島、栞ちゃんが好きなのはチョコチップメロンパンだ。俺とお前じゃ年季が違うんだよ」

 いや、なんで知ってるんだよ。年季も何も、小学校以来会ってないだろうが。

「さすが曽根崎さん!」

 猫春は尊敬の眼差しで曽根崎を見る。ライバル宣言していたとは思えない。もはや私の子分一号二号である。

「もうわけがわからないよ……」

 私は机に両肘をつき、頭を抱えてしまった。

 こうして、中島猫春は私――文月栞との恋人関係を解消し、舎弟となって新しく生まれ変わったのであった。


〈続く〉

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