第4話 セロアの英雄記①
ミーアに育てられし、偉大なる者ーー暗闇に包まれたすべてに光を与え、弱き者に自由を与えし者ーーその瞳はその聖なる力と同じ蒼
(ミーア族伝承一部抜粋)
オースティンのリットラント家に奉公先が決まったとき、不安もあったが嬉しさの方が勝っていた。
それは、
ミーア族が他族の子供を世話するのは、勇者伝説を発祥とする成人の義としてである。
しかし、実際は異なる。いや、それは重要だし、自分が奉公を希望したのは勇者伝説に対する憧れからだが…時代を経るにつれて実利的な目的が重要視されるようになった。
それは、外貨獲得である。
ミーア族はオースティン国内にあるミットラント自治区内にその大半が住んでいる。
自治区はほとんどが火山活動が盛んな山脈地帯で、土地が貧弱であるために農産物もほとんど取れず非常に貧しい。
にもかからわずミーア族の大半が自治区内に住んでいるのには理由がある。
ミーア族は文明を持つ種族の中で最も人族(アース)に近い生活形態を持つ種族であるが、人族と大きく異なる点がある。
それは、300歳近い平均寿命と成長が人族でいう10代前半で止まること…髪の色が深い青色だと言うことだ。
一見共存できそうだが、そうはならなかった。ミーア族は魔法を使える者が多く人族(アース)にとって脅威だったからだ。そのため、リットラントなど一部の地域を除けば、激しい差別がある。
また、比較的ミーア族に友好的であるオースティン王政府ですら、ミーア族の移動などに制限を設けている。原則として、人族の奉公を終えた者でなければ国の要職に就くことは出来ないし、自治区内から出ることも出来ないのだ。
ミーア族にとって人族の奉公人となることは、重要な外貨獲得の手段であり、成功するための唯一の手段なのである。
ただ、奉公の許可も奉公先の決定も自治政府に権限があるため、みんなが行ける訳ではないし、好きなところに行ける訳でもない。
奉公先から得る支度金の一部は、自治政府に納付される。これは自治政府の歳入の3割を占める重要な収入源である。そのため、自治政府としても下手な者を奉公させて、大切な顧客を失う訳には行けないのである。
結果として、厳しい選考基準が定められるようになり、相当優秀な者でないと選考を突破出来ないのである。
さらに、短命種の人族の間では勇者伝説がお伽話になりつつあり、奉公先が目減りしているという事情もあって選考の難易度はうなぎ登りだ。
そんな中で、奉公先が決まった自分は非常に運が良かった。見送る家族の期待を一身に背負い希望と誇りを胸に故郷を旅立った。
奉公人の仕事は、奉公先の妊婦の身の周りのお世話から始まる。妊娠したことがわかるとすぐに住み込みで働くことになる。
リットラントはミーア族に友好的な地域とは言え、人族のミーア族に対する差別の苛烈さを聞いていた私は、奉公先の人達がどんな人達なのか不安だった。
ただ、そんな不安は旦那様や奥様とお話をするとすぐに霧散した。
貴族らしく上品な雰囲気であったが、物腰は柔らかく使用人にも丁寧に接していた。
さらに、ミーア族の奉公人はリットラント家では客分として迎えるらしく、待遇は破格であった。
部屋は客間の1室を与えられたし、食事も一緒に同じものを食べる事を許された。特に奥様は、私を妹のように扱ってくれた。
この方の子供が生まれたら、この厚遇に応えるため、精一杯尽くして行こう。そう思うのにそう時間はかからなかった。
出産は驚くほど、あっさり終わった。妹達が生まれた時や近所の出産に何度か立ち会ったが、これほどの安産は初めて見た。
産婆さんから泣いている赤ん坊を受け取り、産湯につけて洗ってあげる。その後、タオルでしっかり水気を拭き取ってから白く柔らかい布に包んでベビーベットに連れて行った。
ベビーベットに寝かせて、奥様の様子を見に行こうとすると…赤ん坊が何かを要求するような声を出した。
なんだろうか?赤ん坊の顔を覗き込む。一瞬の強い敵意ととともに、こちらを観察するような目を向けてくる。赤ん坊らしからぬ知性と理性を感じさせる目だった。
少し驚いたが、気を取り直して赤ん坊を抱き上げる。驚いた顔をする赤ん坊…生まれたばかりなのにこんなに表情が豊かなものだろうか?
その後も、部屋の中を伺うように視線を動かしていたが、自分が写っている鏡を見てから納得したように眠むってしまった。
なんだったのだろうか?人族の赤ん坊はみんなこうなのだろうか?
こうしてラースと名付けられた赤ん坊との生活が始まった。
ラースは手のかからない赤ん坊だった。何しろ、して欲しいことごとに泣き方が違う。例えば、お腹が空けば一度長めに泣き、その後にえずくように2回短く泣く、間を置いてそれを繰り返す、オムツ交換の時は、短く2回えずくように泣き間を置いて繰り返すと言った具合である。
最初はわからなかったが、その規則性に気付くのにそれほど時間は掛らなかった。規則性に気付いてからは、泣き声を聞くだけで何をして欲しいかわかるようになった。
そして、食事や排便など必要なとき以外はほとんど泣かなかった。はっきり言って拍子抜けしてしまうほど楽だった。
相変わらず、こちらを伺うような視線を感じるが、敵意はもう感じない。むしろ、親愛の情を抱いているようで心地よい視線だった。
生後3ヶ月頃、いつものようにラースの身の周りの世話をしていると、こちらを見て「ありぃがど」と言った。
拙い発音ではあったが、生後3ヶ月で話したことに驚いた。ただ、それ以上に驚愕すべきことがあった。
赤ん坊がはじめて話す内容は意味のない言葉が普通だ。ママなどの単純な名詞ならまだわかる。ただ、ラースが口にしたのは、場面に即した意味のある単語だった。
つまり、ラースは自分が世話をされていることを理解し、それに対して感謝の言葉を選び返答したのだ。もちろん、偶然かもしれないが…
流石にこれは優秀だとか、そういう問題ではない。異常だ。しかし、喋った事を奥様に言えば喜ぶだろう。
そう思い、小走りで奥様に報告することにした。
それから、徐々にラースは言葉で意思を示すようになり、本を読み聞かせてほしいとねだるようになった。
子供が好む絵本などよりは、歴史書や実用書を好むようだった。初めは膝の上に座らせて読み聞かせていたが、1ヶ月もしないうちに自分で読めるようになっていた。
その後は、読んだ後で疑問に思った事を聞いてくることが常だった。だいたいは初めて見た単語の意味が中心だったが、驚くほど専門的な事を聞いてくることもあった。
ラースは1教えると10どころか100知ることが出来るような天才だった。
2歳頃になると、子供としては異常な学習意欲も気にならなくなっていた。天才とはこういう物だと思うようになったのだ。
警戒が薄くなったのは他にも理由があった、ラースが奥様によく似て、優しい顔立ちをしており、私によく懐いたからだ。
ラースは敬意と親愛の情を持って私に接してくれているようだ。ただ、遠慮しているのか、ほとんど甘えて来ない。
あまりに甘えてこないので、むしろ、こっちからスキンシップをするようにしている。顔を真っ赤にして照れるラースは可愛いい。
そこに優秀だけど所詮は子供と言う油断が生まれたのかもしれない。
ラースが3歳になる頃、いつものように本を読んでいると魔法に興味を持ったらしくいくつか質問してきた。
この頃になると、ラースに教えられる知識はほとんどなくなっていたため、久しぶりに質問された私は気分良く魔法について説明した。
その後、ラースが魔法を教えて欲しいと言ったときも、どうせすぐに使える訳じゃないからという気持ちがあった。
さらに、知識で言えば私に追い付きつつあるラースに、得意の魔法を見せて威厳を取り戻そうという考えもあったかもしれない。
そんな考えは、ラースが魔法用の杖を頭上に振り上げた時に誤りだとわかった。
ラースの杖に集まった風の魔力は私をはるかに上回り、思わず驚愕の声が漏れてしまうほどであった。
私の声に反応してしまったのかラースのコントロールが乱れはじめると、次の瞬間、雷のような轟音とともに…外壁を破壊していた。
ただの外壁ではない…城壁と呼んでも差し支えない、そんな立派な外壁を威力の弱いとされる風魔法一発で破壊したのだ。
その後の事はあまり覚えていない。ラースを抱き上げて自分の部屋まで連れてきた。とりあえず、ラースのふざけた量の魔力を他人に知られてはいけないという強い思いがあったので、人目の少ない場所に連れて行ったのだ。
戦争や紛争に利用されるレベル…だった。リットラント家は騎士の家系だ。いずれは戦に参加することになるだろうが、今の幼いラースをそんな危ない所にやりたくない。最初に思ったのはそんなことだった。
そのことに理解を示したのか、魔力を隠すことにラースは協力的だった。ただ、父親に隠すことに難色を示したのだ。
思えば当たり前である。父親に隠せばラースも罰を受けることになる。
ただ、旦那様は優しい方だが野心家でもある。
息子が強力な魔法を使えることがわかれば、戦争に使おうとするのではないだろうか?少なくとも戦争に参加するのは早まるはずだ。
それだけは避けなければ…そしてそれを避ける手だてを私は知っていた。
それは、ラースに弱味を見せることだ。ラースは私の国が貧しく、私が親や妹達に仕送りをしていることを知っている。
もし、外壁を壊したのが知られれば損害を請求される可能性があることも予測しているだろう。(おそらく、発覚しても奥様は損害を請求しないだろうが)
ラースは賢く人の心の機微を読み取ることが出来る。それと同時に、起こり得る最悪の事態を想定して考える癖(ヘき)がある。
おそらく、今回も私が受ける罰の中で最悪の事態を考えているはずだ。だとすれば、弱味を見せれば父親に知られないように努めてくれるはずだ。私(・・)のために
だから、私はワザと泣くような顔して、弱々しく見せて言った。
「…そうですね。ラースにリスクを背負わせる訳にはいきませんね。私の方こそ勝手を言ってすいませんでした。旦那様には報告しましょう。」
そうすると、予想通りラースは私を守ろうと提案してきた。バレても自分が罪を被るとまで言ってくれた。バレてしまったら意味がないのだが、感動してしまう。それに、ラースが言わなければバレることはないだろ。
実際、この地域で竜巻は珍しいことではない。年に何回も建物を倒壊させている。城壁を壊すなどという話は聞いたことがないが、魔法で破壊したと考えるよりずっと自然である。だから、黙っていれ絶対にバレないと断言できる。
魔法を教えることを条件に出されたのは予想外だったが、ラースなら自分で出来るようになってしまう。
それなら、私の下でやらせた方が安心だし、コントロールを重視して練習させればそんなに危険はないだろう。
ラースの好意を利用したことに罪悪感を覚えるが、ラースを守るためだ仕方ない。
ただ一つ確信したことがある。ラースは将来、勇者や英雄と呼ばれるような偉大な存在になるという確信である。
だからこそ、愛情を注ぎ、私に出来ることをしようと思う。勇者の伝承によると、勇者を育てたミーア族はその生涯を勇者とともに過ごしたという。
ラースというこの英雄の卵の生涯を見守ることこそが、私に与えられた使命なのではないだろうか?
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