第3話 大尉は魔法を習う

セロアは僕に危険なことをさせたがらないので、反対されると思ったが、意外にあっさり魔法を教えてもらえることになった。


教えても簡単に使用出来るものではなく、危険な魔法を修得するためには長い鍛錬が必要で、子供に教えても危険が少ないことが理由らしい。


それと、どうやらセロアは僕に魔法を見せたいようだ。


最近になって気付いたことだが、無意識のうちにセロアを子供扱いしていたようだ。


なんせ前世と合わせれば自分は40前のおっさんなわけだ。セロアは3年で成長してきたが、人族では10代前半にしか見えない。また、実年齢18歳と言ってもまだ子供だ。


ただ、勘違いして欲しくない。僕自身は甲斐甲斐しく自分の世話をしてくれているセロアが大好きだ。遊びたい盛りに一日中一緒に過ごしてくれることに感謝もしている。


なので、子供扱いするような言動をした覚えはない。セロアの指示に素直に従っている。


ただ、それでもセロアは何か感じとってしまったらしい。


だから、得意な魔法を見せて自分の実力を僕に認めさせたいのだ。


かわいいな…いかんいかん、つい愛娘を見るような目で見てしまった。こんことだから10代の娘に勘付かれるのだろう。


今日は、せいぜい褒め讃えて、僕がセロアを尊敬していることをわかってもらおう。


「それでは、一番干渉しやすい風の魔法から始めましょうか」


セロアはそう言うと杖を持った右手を頭上に掲げた。


するとセロアの持つ杖を中心に、小さな旋風が起こる。それは徐々に大きさを増していく。


ある程度大きくなったところで、標的用に置かれている丸太に風を解き放つた。


ゴォオオオー!


音とともに風が木材に殺到する。風が巻き上げた粉塵が収まると、そこにはちょうどよく切られた薪がいくつも転がっていた。


「どうですか?」


やや得意気にセロアが感想を聞いてくる。


「す…すごいです。先生!本当になんでも出来るんですね。美人だしすごいです。」


尊敬の念を込めて、やや大袈裟に褒めておく。


「エヘヘ…そんなことありますけど、あんまり本当のこと言わないで下さい。照れてしまいます。」


思いの外、調子に乗せてしまったらしい。本当に扱いやすくて助かる。


「それでは、先生!やり方をご教授下さい。」


「あ…えぇ、わかりました。まず、杖を頭上に掲げて下さい。そして〜」


言われた順序でイメージを膨らましていく、先ほど見たように杖を中心に風が集まってくる。


「えぇ、嘘…一回で出来るなんて」


セロアが驚愕の声が上がる。どうやらすぐにできてしまったことに驚いているようだ。


その時、意識を後ろに向けてしまったせいか、杖に纏わり付く風がコントロールを失い、まとわりつく風の力で不規則な動きをする。


(くっ!杖ごと持っていかれそうだ)


コントロールしようと、力を込めると旋風は一気に巨大になり、竜巻と呼んでいい大きさになる。


(ダメだ。コントロール出来ない。)


コントロール出来ないと思い、仕方なく人のいない煉瓦造りの壁に向かって力を解き放つ…ドゴォオオオン!ガガガァァアン!雷が耳元に落ちた…そんな音だった。


土埃が収まると、リットラント家自慢の外壁が無残に破壊されており、破壊された壁に沿って30m程の地面が深くえぐれていた…


あまりの出来事に呆然としていると、セロアに抱えられ、そのままセロアの部屋まで連れて来られた。


「いいですか!あれは自然現象です。あそこで私達は魔法の練習なんてしていません。」


僕が怪我をしていないか確認した後、そんな事を言い出すセロア。


「?」


何を言ってるんだこの娘は?と思い掛けて…思い至る。リットラント家自慢の外壁を壊したことが発覚することを恐れたのだろうか?監督責任という奴だ。


「魔法もしばらく禁止です。いいですね。」


「なぜ、ですか?」


魔法が使えないのは冗談ではない。せっかく使えるのだから、これから色々試したいこともある。


「危険だからです。それに、こんな強い魔力を持っていることが知られれば、利用しようとする輩が出てきます。」


どうやら僕の心配をしてくれているらしい。少し感動したと同時に、保身に走ったなどと思ったことが恥ずかしい。


「お父さまにもですか?」


ただ一応鎌はかけておく


しばらく考えた後に、セロアは口を開いた。


「旦那様に言ったら、外壁を壊したことがバレてしまいます。」


あ…保身に走ったのは間違いではなかったらしい。セロアは今にも泣き出しそうに言った。


気持ちはわかる。あの外壁は200年以上前にリットラント家が最も繁栄した時代に作られたらしく、父親の自慢の一つだ。


煉瓦は非常に高価だし、建築には特殊な技術を持つ職人が必要で小さい城なら建ってしまう程の金額がかかっているらしい。


セロアの給料ではとても払えないし、セロアに監督責任がある以上正当な請求なので、ミーア族もセロアを守ることが出来ない。


父親は優しい人だが、請求する物は請求するだろう。


さすがにそれは可哀想だ…自分の魔法のせいでセロアが借金を背負うのは本意ではない。自然災害のせいにするのは自分も賛成だ。


ただ、魔法をしばらく使えないのは痛手だ。ならば安全に魔法を使えるように、交渉(・・)することにするか。


「表向き自然現象のせいにするのは賛成です。ただ、お父様に報告しないのはどうでしょうか?」


ビクッとセロアの身体が震える。


「だって…」


まるで、いたずらを咎められた子供のようでかわいい。


「勝手で申し訳ありませんが、もし黙っていたことが発覚すると、僕も罰せられることになります。」


今の段階では、初めて魔法を使ってコントロール出来なかった3歳の僕が罰を受けることはない。あるのはセロアの監督責任だけだ。


ただ、黙っていた場合は異なる。父は僕も厳しく罰するだろう。ただ、おそらくバレることはないし、僕もそれ程…罰を恐れているわけではない。


ただ、セロアに立場が違うことを分かってもらうために言ったのだ。当然、彼女も理解しているだろうことを確認させるために…


「…そうですね。ラースにリスクを背負わせる訳にはいきませんね。私の方こそ勝手を言ってすいませんでした。旦那様に報告しましょう。」


あきらめたように言う。おいおい、素直すぎるだろ!あきらめんなよ。食い下がってこいよ。予想と違う反応に少し焦り、同時に罪悪感を覚える。


「いえ、先生!お父様には言わなくても大丈夫です。ただ僕にもリスクがあることを知ってほしかった。」


「…?どういうことですか?」


「リスクに見合う対価がほしいのです。つまり、魔法を教えることを続けていただけるのであれば、私もそのリスクを背負う準備があります。」


つまり、魔法を禁止せずにバレないように工夫して教えてくれれば、共犯になってやると言ったわけだ。


鼻をすすりながら、考え込むセロア。不安そうだ。やれやれ、安心させてやるか


「もっと言えば、僕は先生に責任を取らせるつもりはありません。魔法を教えくれるなら、後に真実が発覚しても、僕が勝手に魔術書を読んでやったことにします。そうすれば損害を請求されることはないでしょう。」


ハッとした顔でこちらを見るセロア


「いいのですか?ラースにとってはリスクばかりでメリットはほとんどないと思いますが」


いや、メリットだらけだ…元々黙っておくつもりだったし、バレたら自分が責任を被るつもりだった。厳しいといっても自分が損害を請求されることはない。


もしかして嫌われるかもしれないとも思ったが、逆に恩を売ることが出来たのは大きい。


ここで恩を売っておけば、出し惜しみせずに魔法を教えてもらえるだろう。また、何かあった時のお願いのネタにも使える。一石二鳥でどう考えてもメリットしかない。


「わかりました。魔法を教えます。」


しばらく考えた後に、セロアはそう答えた。

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