第18話 押し入れの遊泳者
「さあ、広々した場所で勝負といこうじゃないか」
清丸は廊下に出ると、庭に面した天戸を開け放った。
風が庭木と水の匂いを運ぶ。しかし三猫は坐したままだ。
「どうした。急に霊格の差を悟ったか」
「戦支度ならすでに完了してるぜ」
蓮っ葉な口調でチクリンが答える。
「自分の得意な土俵へ敵を引き込むのが兵法なり!」
プツンと音がして、猫たちを拘束する紐がちぎれ飛ぶ。清丸が顔にかかった紐を払ったわずかな隙に三匹は六畳間の押し入れへ走った。
「押し入れで戦う気か?」
「ああ……暗黒の世界で戦うつもりでしょう」
「暗黒の世界?」
「押し入れの中は一種の異次元空間になっているのです」
「奴ら異界を自己形成できるのか?」
「そんな霊威はあの子らにはありませんよ。この六畳間の押し入れは無間地獄に等しい闇の空間に繋がっているのです。カラス様ですら、いつ頃からあるのかはご存知なく、おそらく現世と冥界の狭間であろうと推察するのがやっとでした」
繁は不安を両目いっぱいに湛えている。
「清丸さまでも危険です」
「あの未熟者どもが普通に出入りしているのだろう?」
清丸とて魔性の生物である。黒猫亭を覆う霧を通過したときみたいに濃紅″を突っ込ませることも考えたが、今は自分の貫目が試されているのだ。
「あの子たちは入口付近で遊んでいるだけですから」
「ならば入口付近でふん捕まえればいいな」
犬神は身を屈めて押し入れに踏み入る。
「ぬんっ──⁉」
瞬間、水のない泥沼に嵌まる感触を味わった。
どこまで行っても足が床面に触れない心細さの中で、すっかり全身が沈んだ先には、血色のオーロラが揺れる果て無き暗黒が広がっていた。
「ぬふふ、かかったわこのワン公!」
手ぐすねひいて待ち構えていた松竹梅の爪が怪しく光る。
(なぜだ……妙に懐かしい……)
普通にピンチだが不思議と冷静でいられた。ここがこの世とあの世の境目、すなわち冥界の近場というならもしかして──。
「なにぼんやりしてるのよ!」
側面から頭を蹴られた。続いて肩と足に爪を立てられる。
捉えようとする手をすり抜ける柔軟さはまるで鰻。さすが遊び場にしているだけあって暗黒遊泳は手馴れたものだ。
「おまえたちもっと深いところまで潜ったことはあるのか」
余裕でクロールを披露する三猫士に聞いてみた。
「一度だけね。でも、首だけの鬼みたいな怪物に食われかけたんで、安全が保障されている場所だけで遊ぶことにしているわ」
「賢明だ」
若い猫叉たちの謙虚な判断が微笑ましかった。
「この空間は地獄へ地続きだ。おまえたちでは生きて帰れまい」
「聞いたふうな口を!」
「埋葬する手間が省けたというもの!」
「受けよ
所詮、
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