第16話 三猫士登場

 「俺は猫を飼ったことがないが、こんな可愛がり方でよいのか?」

 清丸は繁を膝の上に乗せて、背中を優しく撫でてやった。

 「はい、とっても気持ちいいです~」

 「毛並みが良いなおまえは」

 「ブラッシングだけはかかさなかったのです~」

 ここぞとばかり繁は、ただの子猫に戻って甘えまくった。


 「ふむふむ、おまえ雄か」

 「あん、変なところを触らないでくださいまし~」

 「別によかろうて。ほれほれっ」

 指を巧みに使って猫の股座を愛撫する。

 この時、障子を隔てて交わされる会話に清丸だけが気づいた。


 「やや、これは何ということかしら」

 「繁さんをあそこまでタダの猫にしてしまうとは」

 「猫叉の矜持を忘れてしまったのかな繁さんは」

 「あの犬神の技巧がすご過ぎるのよ」

 「あーあー繁さんたら膝の上でゴロニャンしちゃって」

 「お腹見せて好きにしてポーズよ」

 言いたい放題だが、当の繁は悦楽の真っただ中である。


 「清丸さまは衆道を嗜まれるのでございますか~」

 「数百年も生きておれば多少はな。ところで猫村」

 「繁です~なんでございますか~」

 「こっちを見ている猫どもは、おまえの子分ではないのか」

 「えっ……!」

 障子の隙間から、興味津々といった体の若い猫が三匹。


 身をひねって繁は清丸から飛び離れ、あわてて乱れた前掛けを直し、無作法者たちを睨みつけた。三つの顔がさっと引っ込む。

 「お、おまえたち、いつからそこいた⁉」

 「講釈が終わったあたりからだ」

 弁解しづらそうな若猫たちに代わって清丸が答えてやる。

 「清丸さまに甘えている一部始終を……!」

 「おい、逃げたぞ。あの者たちの紹介も頼む」

 立ち眩みを起こした繁の背中を支えて言う。


 「はいっ、逃がさん!」

 繁は鼻息荒く板張りの廊下へ飛び出してゆく。

 「フーッ!」

 「ギャーッ!」

 唸り声があがり、爪を立て合う音が木造家屋に響いた。

 障子を透かして乱闘を繰り広げる猫の影と影。数分後、繁が紐で数珠繋ぎにされた三匹の猫を引っ立ててきた。

 虎縞の猫と雉猫、ホルスタイン柄の斑猫ぶちねこである。


 「放せよ~あたしたちは囚人か奴隷かよ~」

 「今時、猫を紐で繋ぐなんて虐待よ」

 「繁さんばかりいい思いし過ぎですわ」

 不満をもらす猫たちは、いずれも雌らしい。

 「つべこべ言うな! そこに直れ!」

 損なった威厳を取り戻すべく繁はうんと偉そうに命じる。


 「いっぺんに賑やかになったな。猫村の弟子か」

 「繁です。この子たちには僕が妖術を仕込みましたから、弟子というのは間違いではありません」

 「この者たちの名が知りたい」

 「清丸さまの仰せとあらば……ご挨拶せよ!」

 「じゃあ、あたしから……」

 ちょっと艶めかしい雉猫が先陣を切った。


 「ショウリンと申します」

 「チクリンだ」

 「バイリンです」

 続いて虎猫、ツートン猫の順で名乗った。

 「三匹揃って、黒猫亭三猫士にございます」

 「サンビョウシ……?」

 うっかり清丸は手を叩くところであった。

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