第14話 黒猫亭悲話・復讐完了

──鈴子の怯えようといったらありません。なにしろ本物と挿げ替えられた菊人形の首の一つ、竹槍でカラス様と渡り合ったほうですが、口に〝鴉猫に用心せい。これ以上の流血を見たくなくば、おのれの罪を告白することじゃ。〟と墨で書かれた紙片をくわえていたのですから。

 「しかし、素直に自首する女でもなさそうだな」

──青ざめながらも死人がくわえた紙片を奪い取り、ビリビリに引き裂きましたよ。そら涙まで流して、わたしは何も知らないわと。そのくせ書生や女中には猫を屋敷に近づけるな、特に黒い猫がいたら叩き出せと命じる始末。

 「そんな茶番を演じたら、罪を認めておるも同然だろうに」


──はい、鈴子も内心では珠世の祟りだと震えあがっておりましたよ。大あわてで地元の神社で厄払いの祈祷を受け、魔除けの護符やお守りを大量に買い求め、自室の壁に貼り尽くしました。

 「霊的ガードを固めたか。手段を選ばぬわりに小心者よの」

──しかし、カラス様も村長の屋敷に踏み入れなくなりました。一体ごとの霊験は低いとはいえ、お札やお守りも部屋を覆うほどになると馬鹿にはできません。カラス様も珠世さんの体を離れて、ご自宅へ帰すことにしました。

 「仏にいつまでも暗殺者をさせておくのも不憫だしな」

──お棺に戻った珠世さんの霊が天へ召されていくのを、火葬場で見届けてから、カラス様は復讐を再開しました。

 「再開といっても本丸に届かぬのだから、隔靴掻痒たる思いだったろう」


──確かに塀で爪砥ぎでもして嫌がらせをするのが精々といったところですが、カラス様は勝つには手段を選ばぬ覚悟で、その戦争に臨んでおりました。幸い侵入できないのは自分だけ、猫屋敷作戦の始まりです。

 「猫屋敷作戦……?」

──鈴子の家を猫の集会所にして、奴が常に猫の存在を意識せずにはいられぬようにする心理戦です。まず兵隊を揃えるために村の野良猫たちを雇いました。

 「猫は義憤だけでは動かぬ印象があるが集まったのか」

──日当身欠き鰊一尾で十六匹。

 「猫版忠臣蔵の始まりか。期待させるのう」


──心理戦ですから討ち入りはしませんよ。妖怪になりかけだったカラス様は通せんぼできても、他の猫なら問題なく屋敷に侵入できますからね。鈴子が窓から外を見たら、いつでも挨拶する猫がスタンバイしているよう手配しました。

 想像して清丸は吹き出した。

 「やり手だなカラスは。身欠き鰊が偉大というべきか」

──皆で屋敷の庭を集会所にし、鈴子や家人が物を投げつけたりすれば疾風の速さで散開、一時間とたたぬうちに塀の上でニャーニャー大合唱です。

 「さすがの腐れ女も精神的にこたえたろうて」


──それを数日間にわたって続けたのですから、近所からも胡乱な目で見られ、鈴子は神経衰弱になる一方でしたよ。小雨そぼ降る十日めの午後、耳をふさいで屋根裏へ逃げ込みんだ鈴子は、そこで柱に立てかけられた猟銃を発見しました。

 「偽日兆のか?」

──はい。もしや九死に一生を得た偽日兆が戻ってきたのかと、屋根裏部屋を怖々見回したところ、天窓に顔を押し付けて中をのぞく男がいるではありませんか。どこの変態かと思ったら死相を浮かべた偽日兆! 首に琴糸を巻き付けて……。

 「ついに最後の手駒も消えたか」


──後のことは蛇足と呼んでも差し支えないのですがね。鈴子はというと刑務所へ入りました。珠世さんへの暴行を教唆した罪ではなくて尊属殺人です。

 「血迷って、おのれの親でも殺したか」

──はい、黒猫の影に怯え、日に日に憔悴してゆく娘を心配した父の村長が部屋の障子を開けたところ、いきなり猟銃をぶっ放されたのです。鈴子はとうに正気ではありませんでしたよ。倒れた父を踏みつけながら、やったやった、どうだ化け猫め、思い知ったか珠世、返り討ちにしてやったぞとげらげら笑いながら……。

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