第13話 黒猫亭悲話・猫の復讐
「当然残る一人も捨て置く手はあるまいな?」
──無論。そやつが日兆さんに成りすました不届き者です。屠った二人の体を土蔵に隠すと、カラス様は奴を待ち受けましたが、その日は現れませんでした。
「虫が報せおったかのう」
──憎まれっ子世にはばかるの字句どおり、下衆は下衆で勘が働くものでございます。恥知らずな日兆さんの偽物を演じた男は、とっくに仲間が戻ってきてもいい時刻になっても姿を現さないので、さては返り討ちにあったかと村長の娘に報告に向かいました。
「黒幕臭のする奴が出てきたな」
──はい、とんだ悪女です。かなりの器量よしではございましたが、百日紅の花に例えられた小町娘の珠世さんの前ではお多福同然、生来嫉妬深くて激しい気性ですから、珠世さんに燃やすお門違いの怨讐の炎は大焦熱地獄のごとし。不逞の三人組を焚きつけた張本人にございます。
「くだらん男は大抵腐った女の傀儡だ」
──まったくです。娘の名は鈴子と申しましたが、偽日兆から仲間の帰りが遅い、何やら悪い予感がすると聞きますと、用心に鉄砲を持って、二人を迎えに変華寺へ行けと命じました。
「竹槍と薪割り斧の次は飛び道具か。抵抗してくれた分だけ討ち果たしたときの達成感も増すものよ」
──鈴子は偽日兆に猟銃を持たせて送り出しました。もし珠世が生きておったとしても、先に行った二人が殺されているなら、偽日兆に射殺させても正当防衛が成立し、そして三人による暴行の隠蔽と一石二鳥が狙えるわけです。
「小癪な女め!」
清丸は笑って磔の女に抜いた毛を飛ばした。尖った毛先を足首に突き立てられて濃紅″がギョエーと叫ぶ。
──さて、日が暮れる前に仕事を終わらせようと偽日兆は変華寺へ向かいました。この男も軍役経験があって銃の扱いに慣れているのです。今は黒猫亭の屋号がかかる山門をつま先で開けて、左右を見回して仲間を呼びます。
繁は不良青年を意識して低音のドスの効いた声を出した。
──デン吉~、ゴン助~、おるか~俺だぞ~。
「そんな雑魚にも名前があるのか」
──当然、返事などありません。今日は小鳥の囀りすらなく、森閑とした山中の境内は頭に重くのしかかるほどの静けさ。ふてぶてしい悪漢も心細くなってきました。このまま帰ってしまおうか、いやいや尻尾を巻いて帰れば鈴子お嬢さんの不興を買ってしまう。何等かの手土産なしにはお嬢さんに会わせる顔がない。
「しかし二度と会えなくなった」
──然様で……よく見ると地面に血痕がある。それが点々と土蔵まで続いているのです。偽日兆は銃を構えながら、じりじり前進します。デン吉~ゴン助~、そこにおるのかあ~、おるなら返事しろ~い。
「そして土蔵の戸を開けると……?」
──いったん場面を村に戻します。黒幕の性悪娘の鈴子は何をしていたかというと、自宅の離れで祝杯をあげる準備をしておりました。ボンクラどもが猫の一匹ぐらいさっさと始末して戻ってくれば、これで枕を高くして眠れるぞと。
「罪の意識は皆無か」
──猫は九生祟るというが、わたしは手を汚していない、恨みはすべて実行犯の男どもへ向かうのが筋という理屈にございます。
「奸智に長けた奴が陥りやすい傲慢よのう」
──されど鉄砲を持たせた男もその日は戻ってきませんでした。
「どう料理されたかが楽しみだて」
──さて翌朝、姿見の前で男どもの悪態をついていた鈴子は、家人の悲鳴で自慢の髪を梳く手を止めました。庭へ駆けつけてみると、父親におまえは見るなと制止されましたが一足遅く、菊人形が視界へ飛び込んできました。
「菊人形?」
──村長の屋敷では毎年、重陽の節句の頃、庭で菊人形を作るのですが、手斧で斬殺された二人の男の首が菊人形に乗せられていたのです!
「猟奇じゃ猟奇じゃ」
──ああ無惨! まるで鈴子が来るのを見計らっていたかのように人形のバランスが崩れ、落ちた首が足元までころころと……ヒーッ!
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