第12話 黒猫亭悲話・乙女の復讐

 猫叉の繁の話は続いた。

──カラス様は、珠代さんの悲鳴を聞いて男どもに飛びかかりましたが、その頃はただの猫、首ねっこを押さえられて物置へ放り込まれてしまいました。

 「飼い主以上に無念かもしれんのう」

──夜が明けて、珠代さんは自分は穢れてしまった。もう日兆さんに会わせる顔がないと、あの庭の百日紅に縄をかけて縊れ死んだのです。

 ここで繁はいったん話を止めて、すすり泣いた。


 「日兆はどうなった」

──その日の昼に日兆さんの戦死通知が届きました。機銃に全身の肉を抉り取られて、遺体は原型をとどめておらず確認に時間がかかったそうで……。

 「悪漢どもは逮捕されなかったのか」

──珠世さんは連中を告発するような遺書の類を一切残しておかなかったものですから。加えて後で判明しますが、奴らの犯行を隠蔽する後ろ盾がいたのです。警察も想う男の生還が見込めぬので、悲観的な考えに囚われて自死を遂げたのだろうと結論づけて、捜査を打ち切ってしまいました。


 「カラス猫はどうした。そのまま終わる奴ではあるまい」

──はい、カラス様は百日紅に吊り下がる珠世さんを見上げてこう誓いました。私は猫ですが、あなたや日兆さんから受けた御恩は忘れません。この命に代えてもあなたの敵を取ります。あの狼藉者どもを生かしてはおきません、と。

 「血なまぐさい話になってきそうだな」

 清丸は浮き浮きと上半身を左右に揺らした。

──僕に語ったところによると、悪党どもは猫といえど事件の目撃者を生かしておくことに不安を覚えたのでしょう。後日、三人のうち二人が変華寺へ凶器を手にやって来ました。カラス様の復讐の始まりです。


 「まさに葱と鴨よのう」

──おっしゃる通り鴨もいいところ。男たちがカラス様を探して土蔵の扉を開けると、そこには幽鬼のごとき形相の珠世さんが立っておりました。珠世さんの頭の上では、金色の目をらんらん輝かせた黒猫がニャ~オ……。

 「珠世は生きておったのか?」

──荼毘にふされる寸前、カラス様の生霊が珠世さんの遺体に乗り移ったのです。珠世さんの怨念も手伝ったのでしょう。慕う人間の仇討をしたいが、しがない猫の身のカラス様との目標が一致した結果、乙女の死体を動かしたのです。

 「では、報復の犠牲者第一号は」

──その男二人にございます。意気地なくも逃げ出した奴の手から落ちた薪割りを拾い上げ、逃してなるかと人猫一体の鬼神と化したカラス珠世が跳躍しました。

 「俺好みの展開だ」


──卑劣漢の顎まで埋まれと手斧が脳天を直撃!

 繁は斧を振る仕草をしてみせる。

──ぱっと咲く鮮血の曼殊沙華! 境内にとどろく悲鳴!

 「こうでなくてはならん」

──もう一人の悪党は、まあまあ骨のある奴で、仲間がやられたと見るやカラス珠世に向かってきました。おのれ化け物!

 「これぞ野獣と野獣の闘争あらそいだな」


──今度こそ地獄へ落してくれんと用意してきた竹槍を振りかざす。しかし、猫の生霊を宿した珠世は身軽さも猫同然、悪漢の繰り出す単調な突きをヒラリヒラリとかわす様は、さながら五条大橋で弁慶を手玉に取る牛若丸!

 「いいぞ講談猫!」

──迎撃する竹槍を縦に裂き、その勢いで悪党の顔面に薪割りがめり込む! ギャアアア……のたうちまわって暴漢はすでに事切れた仲間の上に重なり倒れました。

 「投げる銭がないのが惜しいわ!」

 愉快な奴だ。凄惨な話にもかかわらず清丸はひさしぶりに心から笑った。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る