第10話 ぶら下がる猫

 「こんな古寺へようこそおいでくださいました」

 よく躾が行き届いた猫とみえて、ぺこりとお辞儀する。

 「ホホホ! どんな化け猫が潜むのかと思えばこんなチビ猫とは!」

 賄いさんみたいな外見から敵にあらずと見た濃紅″が嘲りの笑い声をたてた。

 弱そうな相手には俄然強気になるのが、この女の癖らしい。

 「清丸様お下がりを。ここはわたしめが!」

 懐に手を入れる。火炎呪符を飛ばすつもりだ。

 「くらえ──ぐっ⁉」

 清丸は濃紅″のみぞおちを突き、前掛けをした猫に質問した。


 「おまえは一体どこの猫村さんだ」

 「しげとお呼びください」

 「この寺の主か」

 「主ではありません。留守を預かる者です」

 「主はいつ戻る」

 「わかりません」

 「いつ戻るかわからぬ奴のために留守番をしておるのか?」

 「面目なく……」

 猫は前足の肉球を合わせてうなだれる。


 「一夜の宿を頼みたいのだが、主の許可がいるか」

 「喜んで。一夜といわず何日でも」

 「気前がよいな。とりあえず奥で休ませてくれ」

 「どうぞどうぞ。毎日掃除していた甲斐がありました」

 繁なる二足歩行の猫は心から来客を喜んでいるらしかった。ゴロゴロ喉を鳴らし、尻尾を旗のように振る。


 「俺は清丸。この人間の女は濃紅だ」

 「僕はてっきり野武士の幽霊かと思いました」

 「同感だ。風呂に入れてやれば化けるらしいぞ」

 清丸は笑って、体をくの字に曲げた濃紅″の頭髪を掴んで持ち上げた。

 「そこそこ美少女であろう? 中身が愚劣なせいですべてぶち壊しているが」

 「なっ⁉ なななななっ⁉」

 濃紅″の顔を見るや、何を仰天したのか繁は飛び上がった。


 「どうした猫村?」

 「繁でございます……その人間の姓は? 如何なる素性の者で?」

 天井の梁にぶら下がりながら猫は聞く。

 「姓は野々宮、商いは魔物祓いもやる剣術家だ」

 「野々宮ですとォ⁉」

 「怯えずともよい。今では俺の意のままに動く下僕よ」

 「そ、その顔はカラス様の仇敵カタキ!」


 「ああ……わたしも思い出したわ」

 髪を掴む手を振り払って、濃紅″が賄い猫を睨みつける。

 「あんた美朱みあけ姉さまが退治した化け猫の残党ね!」 

 「なるほど、そういうことか」

 「根絶やしにしてやる!」

 「宿を借りれなくなるだろうが」

 三頭犬ケルベロス化して抜き身を持つ女をす前足で踏み潰す。


 「すまぬ。下僕の教育が不十分で」

 人間態に戻ると上へ向かって一礼した。

 賄い猫はまだ梁にぶら下がって、ぶるぶる震えている。

 「この屋敷の主を倒したのが、こいつの姉だったとはな」

 食った野々宮濃紅の記憶の中から、彼女の姉の美朱みあけが赤岩山の妖猫を降し、悪遮羅流にその名を轟かせたという経緯を犬神は探り当てた。


 「一夜の宿すら頼める義理ではないわけだ我々は」

 「滅相もない! どうか好きなだけご滞在ください!」

 猫叉は天井から降り立つと、あわてて清丸を止めた。

 「お待ちを! 行かないでくださいまし!」

 泣き崩れんばかりに縋りついてくるものだから、敵には残酷な清丸も獣の怪異同士ならではの連帯感よしみから不憫にかられてしまう。

 「落ち着け猫村」

 「繁でございます」

 「立ち話も疲れた。続きは奥で話そう」

 「ははーっ!」

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