第6話 山中でボコる
「ごめんなさいごめんなさいごめんなさい!」
宙を舞いながら濃紅は許しを乞う。
対魔武術・悪遮羅流の誇りが泣いていた。
「やめて助けて許してお願い!」
抵抗を試みなかったわけではなく全力で戦ったのだ。再び青田静馬の姿に戻った清丸と互いに誰の加勢もなしの状況で、いざ尋常に勝負と相成った。
しかし、三百年の劫を経た魔犬を単身で降すには濃紅の技はあまりに未熟、放つ技はすべてが煙を掴もうとするかのごとく空振りに終わり、金縛りの術で捉えられて空中を振り回された。
(剣も火炎術も筋はいいが練磨不足だな)
霊感の強い者なら見える魔力の糸が細い胴を締め付ける。
骨が軋むほどの緊縛、木々にぶつけられ、地面に叩きつけられた。
「し、死ぬううう!」
密生した枝葉の間へ顔から落される。
「ギャー! スズメバチに全身刺された!」
凄惨な悲鳴が山中に
「思い知ったか、武丸、智丸の無念」
「ち、違う! あなたの仲間を殺したのは富嶽よ!」
「嘘をつけ。あの女の刀が致命打になったのは事実だが、俺を逃がそうとした兄弟にとどめをさしたのはおまえだ」
犬神は逃げながら二人の会話を聞き取っていた。
(ヤツも袋のネズミね。富嶽、さっさと帰りなさい)
(妖怪といえど酷い仕打ちはご法度ですよ。とどめは迅速に)
(ゴリラがでかい口きくな! 帰れったら帰れ!)
(うわっ! 熱い!)
火炎呪符を飛ばしたらしく富嶽の頭が燃える音がした。
(……どうなっても知りませんよ)
富嶽の気配が遠ざかって清丸は生存率が高まったことを実感した。
血気にはやる小娘だけなら、二十年ぶりに人でも食って魔力を補充すれば逆転も可能だと思ったところで運気は逆転、静馬という男に出くわしたのだ。
「あいつは大した拾い物だ! ほっ!」
清丸の指先ひとつで白い裸身が山肌でバウンドする。
「痛い痛い! わたしの美貌に傷がつくう!」
「うるさいラジコンだな」
「悪遮羅流の男どもは何やってるのよ! 国宝級の美少女のわたしがこんな目にあっているいっていうのに! 死んだら化けて出てやるんだから!」
どんな窮地にあっても男へお門違いの悪態をつく口だけは健在だ。
「化けて出る時間があると思っているとは、よくよくめでたい女よの。おまえは死んだ後も忙しい。いや、死ぬ暇もないというのが正しいな」
谷底から引き上げられて電撃をお見舞いされた。
「すみませんでしたあああ! お仲間には心よりお詫びします! 立派なお墓を、いいえお社を建立して、鎮撫に努めます!」
もはや武芸者の矜持も誇りもあったものではない。ただ苦痛から逃れたい一心で濃紅は心にもない謝罪を口にして泣き喚いた。
「墓の一つや二つで我が友の
「富嶽助けて! 戻ってきてわたしを助けなさい!」
とうとう追い返した相棒にまで救いを求め始めた。
無論、それで平気なほど濃紅も神経が太いわけではなく、自分がいとも簡単にプライドを放棄できる女だったことに涙が出てきた。
「戻ってきて富嶽! あなたへの嫌がらせもやめるから!」
本当に戻ってきた場合も考え、清丸は一瞬浮足立つ。
(あの女も倒すか……)
しばし思案をめぐらすも、すぐに結論は否と出た。
さすがに相手が悪い。三頭揃った状態でも死の瀬戸際まで追い込まれたのだ。復元した左右の頭にも武丸、智丸の魂は宿っていない。ただの張りぼてだ。
(まあ大丈夫だろう)
今は友の恨みを晴らすついでに戦力の拡充が先決だ。
「さあて、また死ぬ前に孕んでもらおうか」
犬神にとってはどこまでも幸いなことに、その頃、悪遮羅流最強の剣客・片山富嶽は嫡家の娘の言いつけに素直に従い、一族から詰られる覚悟で下山していた。
「あー熱かった」
頭の火をはたいて、濃紅が犬神を追撃していった荒神山を仰いでつぶやく。
「ま、失うに惜しい人物でもありませんしね」
それきり二度とこの件に関わることはなかったのである。
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