香港啓徳台場からの眺め
十月一日、志玲は香港啓徳台場の、地下にあるシャトルのステーションに降り立ちました。
香港啓徳台場はとても小さいのですが、ナーキッドの軍事拠点として、陸戦ロボット部隊も配置されています。
一応端島中華特別行政区の管理ですが、そのオフィスは申し訳ないほどの小ささの二階建て、志玲はそのオフィスに落ち着いたのです。
「小さいオフィスね……二階は居室になっているのね……」
香港啓徳台場の周囲は、それは瓦礫の山、ただところどころ集落が見えます。
一人の女が挨拶に来ました。
疲れたような顔の四十前の方です。
「志玲様、孟玉楼(もうぎょくろう)と申します、この香港啓徳台場オフィスに勤めています」
揖礼(ゆうれい)――女性は右手を左手の上においてお辞儀をする礼――してくれました。
「劉志玲です、よろしくお願いします、揖礼などなさらないでください、拱手――揖礼の内、お辞儀がない――で十分です」
「玉楼さんは長いのですか?」
「もう一年になります、その間、端島には一度も戻っていません」
「ご家族は?」
「……」
「失礼しました……」
「この地より大陸を眺めておられて、なにか思うことはありませんか?」
志玲は聞いてみました。
玉楼さんは口が重そうでしたが、
「大陸は最早、私たちの知る世界ではありません……」
「中華共同体は崩壊して、男は一人もいなくなり、残った女たちが、細々と農地を耕しています……」
「小さい集団に分かれて、互いに争っています……」
「もう電気もガソリンもありません、ナーキッドが大陸各地に設置した、産科施設だけが文明の証といえます」
「大陸には二十か所、そのような産科施設がもうけられていますが、その周辺を各集団が占拠して、産科施設を事実上独占しているのです」
「その独占使用権を盾にヒエラルキーが成立しています」
「ヒエラルキーとは?」
「奴隷制度ですがかなりひどいものです……解放前のロプノールをご存じですか?」
「知ってはいますが」
「多少見てくれは違いますが、本質は同じです」
ロプノールの奴隷制度とは、一握りの支配階級が他の女たちを支配する。
一切の生存権を支配され、命じられれば命さえも差し出す。
当然支配される人間を増やすために、男といっても少年ではあるが、略奪と人身売買で購入し奴隷とした。
勢力争いで敗退した女たちや、これも略奪や人身売買で手に入れた女たちを、奴隷のように扱いこの少年たちに投げ与えた。
そして底辺の奴隷を増やした。
逆らうものは容赦なく公開処刑し、無気力な奴隷女たちを量産したのだ。
奴隷はいわば使い捨ての機械、価値のない者は消去していた。
志玲のこの知識は間違ってはいません。
大陸の奴隷制度は、男の代わりに産科システムがあり、それ以外の本質は変わっていないのです。
勢力争いは激しくなり、女同士の争いは陰湿になる。
権力を握ると言う事は、富も付いてくることになる。
せっかく削除したはずの利己特性が、この後天的な生存競争によって、再び鎌首を持ちあげる事になる……
地獄とも呼べる世界が広がっているらしい……
ミコ様のご苦労を、嘲笑った結果ではあるのですが……これは何とかしなくては……
少なくともマシな奴隷制度にしなくては……
志玲は心の底より、そのように思ったのでした。
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