第四章 志玲の物語 交渉術

中秋節に老人は思索する


 日本列島、九州の端に浮かぶ端島。

 テラにおける、唯一といってもよい漢民族の文化地域。

 テラにおいて、最後の最後にナーキッドに付き従った、ほんの一握りの人々に与えられた安住の地。


 劉志玲はその地のために、一族より姉とともに献上された娘……

 優秀な姉に劉一族は、次のウェイティングメイドにと期待をかける。

 対して志玲には……長い交渉が待っていた。


     * * * * *


 中秋節――中国では旧暦の八月十五日、この日に月を愛で月餅を食べる。――。


「武漢三鎮での日々が夢のようだ……我らは良く生き残れたものだ……」

 劉総統とも呼ばれたこの老人は、中華共同体の権力闘争に敗れても、一族および配下の者を引き連れ、なんとか安住の地を確保した。


 その手腕のおかげで、この端島を中心にした領域が、唯一の漢民族の居住する文明地域となった……

 それまでには、結構な苦労があったのだ……


 切り分けられた月餅を口に運び、煌々と輝く夜空の月を愛でながら、老人は物思いにふけっている。

 まぁ、これは老人の特権とでも、いうべきであろう。


 劉一族に与えられたこの端島は、ナーキッドの東アジア方面の中心地。

 劉一族は、主に香港を中心に、東アジア全域で交流している。


 ほとんどは四級市民地域……

 ボルバキア菌のおかげで、女性しか生まれない。

 ナーキッドは、二母性による単為生殖を可能にする装置を提供して、かろうじて滅亡を阻止している。


 ついこの間までは、ロプノールでも提供していたのだが、ナーキッドはロプノールから撤退した。

 短期間でロプノール共和国は崩壊、ひどい状況になっているようだ。


 そら恐ろしい……ミコ様は計り知れない……慈悲と冷酷……言葉と行動で評価をされる……

 あの時、芙蓉が覚悟しなければ……決して無理強いはなされないが……それがどのような結果になると、読めていてもだ……

 これは残酷なのだ……判断を間違うと、ロプノールか……


 孫を二人差し出したことで、一族は存続できた……しかしこのままでは……

 老人は先行きに不安を感じているのだ……

 いまのナーキッド体制で生き残るためには、言葉と行動が必要、何よりモラルが要求される……


 我らはまだ一級市民と認知されていない。

 はっきり言って……監視されているのだ……

 ミコ様のいう、モラルとは騎士道や武士道に根差している……


 無私の誇りを、なにより尊ばれている……さらにいえば、地縁血縁でつながり、排他的な集団は嫌悪されている……しかしそれが我らだ……


 これは長年の我らの社会風習……ミコ様自身、これが悪とは言われない……

 されどミコ様の世界、ナーキッドの世界には、相いれない……

 これに対して、民族的な主張をすれば……必ず次のような言葉が返ってくる……


 『そうですね、いいことですね、おやりなさい、ただ貸している物は返してね。』


 借りている物……この安住の地……そして我らは武漢三鎮へ戻される……

 ロプノールの馬鹿どもは、これが分からなかった……


 アイハンが優秀でも、ナショナリズムが民衆を狂わせる……

 今あることが続くと思えるらしい……無知は罪である……とはキツイ言葉だ……


 常に真実を知らさなければならない。

 そしてナーキッドの価値観を、自らの物にしなければ……

 綺麗ごとなど、いってはならないのだ。


 幸いにこの地の教育は、テラの一級市民地域と同じ、子供たちはナーキッド体制下で教育されている……

 この子たちが大きくなれば、価値観は共有され、マルス世界の構成員として、認められるはずだが、問題は今の若者かもしれぬ……


 変なナショナリズムが無ければいいが……

 まぁ、あのひどい状況を、身をもって体験した世代、馬鹿ではないはず……

 それよりも、モラルが心配だ……役人の腐敗などもっての外……賄賂などあってはならない……



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