第三章 マドレーヌの物語 お菓子の代償

パティシエ


 ミコのパティシエであるマドレーヌは、ウェイティングメイドから、ガラナ配合チョコレートを頼まれた。

 強壮剤のお菓子である。


 そして今夜の夜伽の女からも、あるお菓子を作ることを頼まれた。

 その内緒のお菓子は、今夜の夜伽の女の、切ない願いがこもっている……


 マドレーヌはその気持ちがよく理解できた……


     * * * * *


 マドレーヌって、泣きそうな顔をしているわね……

 いま部屋を出て行ったマドレーヌへの、上杉忍の感想でした。

 出会う人出会う人、全ての人が、この泣きそうで壊れそうな女に構いたくなるのです。


 アメリカニューオリンズ出身の、フランス系アメリカ人。

 フランス国立製菓学校の卒業生で、彼女の作るお菓子は、何とも優しい味がします。

 極めて繊細な味なのです。

 この味をミコは気にいって、マドレーヌはミコのパティシエの地位にあります。


 今日はミコが久しぶりに、午後の二時半にテラ・メイド・ハウスにやって来るのです。

 そのためにマドレーヌは、ウェイティングメイドの上杉忍から、ミコの為のお菓子を作るように云われたのです。


「今日は何がいいかしら♪ミコ様って、案外素朴な物がお好きだし、クイニー・アマン――ブルターニュ地方のお菓子、バターと砂糖がはいっているパンと呼ぶべきもの――にしようかしら……でも、お菓子というより、パンになるかしら……」


「やはりトゥルトー・フロマージェ――フランス西部のポワトゥー=シャラント地方の山羊のチーズから作る真っ黒に焦げたチーズケーキ――にしましょう♪」

 マドレーヌはせっせと作っていました。


「そうだった!チョコレートも忍様に頼まれていたわ!」

 マドレーヌは、一番肝心な物をコロッと忘れていたのです。


「でも……このチョコレート……まさかミコ様に食べていただくのかしら……」

「こんなもの食べたら……今夜の相手は大変よ♪」

「なんなら私が代わってあげようかしら……あのミコ様ですもの……」

「いや、皆を相手にされるのかしら……う・ふ・ふ♪」


 そのチョコレートというのは、ガラナ配合チョコレート、ガラナって強壮剤ですよ。


 今日の夜の順番、つまり夜伽は、テラ・メイド・ハウスのテレーサ・オリヴェイラ、いま二十八歳になっています。


「テレーサさんですから……すこし下手だわね……まぁ仕方ないですか……元警官ですから……でもこのままでは、ご寵愛が……すこし考えてあげなくてはね……」


 上杉忍の危惧した通り、テレーサ・オリヴェイラは、ちょっと下手……

 その……マグロ女――性行為の時、常に受け身の女、英語ではデッドフイッシュというらしい――ですね。


 そこで忍としては、奥の手に訴えることにしたのです……マグロさんに……

「ガラナが効けばいいけど……カフェインはコーヒーよりも、多いし……」


 忍としては、このあたりの食品で事態が打開できれば、望ましいと考えているようです。

 テラ・メイド・ハウスの女が、夜が下手ではシャレにならない……

 テレーサに、このチョコレートを食べてもらい、ベッドで積極的に行動してほしい……


 そのことは、テレーサもわかっています。

 彼女はこの時の為に、ある作戦を練りに練っていたのです。


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