貧乏くじ


 アイハンは群衆に囲まれ……そして袋叩き……いや、そんなものではなかった……いくつかのナイフが煌めき、そしてアイハンに突き刺さった……

 はずだったが……刺さらない……群衆は取り囲んで押し倒した……


 しかし倒れない……名誉側女のアイハンには、ミコの加護がかかっている。

 本来なら、この群衆の命はないかもしれない……

 ただアイハンが、それを望んでいないだけなのだ……


「……アイハンは?」

「まだ生きているぞ!」

「しぶとい女だ、こいつは化け物だ、こんな奴は我らの指導者ではない、我らは化け物に支配されていたのだ!」


「殺せないなら、追放しろ!」

「そうだ!追放しろ!」


 アイハンに石が投げられますが、一つとして当たらない。


 ますます群衆は罵声を投げつけてきた、石は当たらないが、罵声は突き刺さる……


 その時、やっと治安部隊が駆け付け、なんとか群衆を蹴散らして、アイハンを助け出した……


 アイハンが執務室で休憩している時、別室では……


「……代表は?」

「まだ、ご無事です……」

「そうなの……分かっているわね……」

「分かっています、アイハン代表は、群衆に取り囲まれ絞首刑……」

「助け出した時には、死んでいたのよね」

「その通りです」

「……早くお墓に入れてあげなさい」


「そうですが、埋葬料をいただいていませんが?」

「割増しで支払ってあげる、早く始末して!」


 疲れ果てていたアイハンは、横になっていた、いつしか睡魔が忍び寄ってくる……

 そして別の者たちも、忍び寄ってくる……


 アイハンの首にロープが巻かれる。

 その時、アイハンの二の腕にまかれていた、パープル・ゴールドのブレスレットが輝いた。


 ロープが腐食する……

 そしてアイハンが目を覚ました。

「何を躊躇する、殺したいなら迅速にすることだな」


 忍び寄った者は、その言葉を聞くことは無かった……

 静寂の中に、人であった物が転がっているだけだ……


「腐っている……」


 おぞましいことに、その中にソルコクタだったものがあった……

「なぜ……お前が……私を殺そうとするのか……なぜ……民は……なぜ……」

 アイハンは何とも言えぬ孤独を感じた……


 窓の外には、埋め尽くすように人々が集まっている……

「化け物は出て行け!」

「ナーキッドと一緒に出て行け!」


「アイハンは殺せなくとも、その手先は殺せるぞ!」

「いや、あいつらも騙されている!政府の役人ども、国を愛するなら我らと一緒に!」

「アイハンに味方するものは、ロプノールを愛さぬ者だ、そんな奴は殺してしまえ!」


 政府庁舎から職員が走り出していく。

 そしてついに……治安部隊までも……政府の建物に砲撃を始める始末……


「クーデター……とは……」

 アイハンは眩暈がした……そして覚悟を固めた……

 ブレスレットを取り外したのだ……

 その瞬間、アイハンの周りで、崩れる庁舎の瓦礫を弾いていたものが消えた。


 アイハンは執務室の椅子に座り、窓から外を眺めていた……

 その視線の先には青い空と白い雲があった。


「資格のない者は受け取れない……気づかぬからか……気づいても受け入れないからか……どちらにしても、ロプノールの民は火星には行けないようだ……」


 アイハンはすっきりした……

「五十に手が届くまで生きたのだ……やることはやった……ミコ様ならもう少しうまくなされたのだろうな……あの時……そうか」

 アイハンははっきりと悟った。


 ミコがロプノールを解放?したとき、あっさりとアイハンにこの国を任せた。

 その時、救えないことを、知っていたのだろうと……


「貧乏くじか……ミコ様は大したものだ……この地の人は利己特性が強すぎる……他の価値観を受け入れることのできない……」

 アイハンは笑みを浮かべた……

「人生の旅の終わりは、一人で消える事らしい……」


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