第二章 アイハンの物語 タクマラカンの冷酷な女

ロプノール共和国の有名人


 ロプノール共和国では、毎度毎度の暴動騒ぎが再び起きた。

 しかし今回は様相が違っていた。

 正真正銘の国民蜂起、ナーキッドに対して、ナショナリズムが爆発したのだ。


 間違いなしにナーキッドは手を退く、そして周りの四級市民地域に埋没していく……

 タクマラカンの冷酷な女、アイハンといわれていたが……涙は残っていた……


     * * * * *


 ロプノール共和国の有名人といえば、第一にこの女、アイハン……

 タクマラカンの冷酷な女、その女が代表を務めるロプノール共和国は、いまやその国土をタリム盆地全域に広げている。


 ロプノール共和国が二級市民国家待遇なのは、アイハンの統治能力が認められたからといわれている。


「アイハン代表、酒泉からまた盗賊どもが国境を騒がせています」

「まったくうるさいハエどもだ、ナーキッドから借りている防衛システムで対処できるか?」


「問題ありません、あの方面には機動歩兵も配置してあります」

「治安維持の兵力は十分か?」

「何とか足りています、いま治安部隊を増強し、訓練していますので、今少し持ちこたえれば、落ち着くと思います」


「とにかくこの暴動は誰が黒幕なのか……元を断たなければきりがない……」

 ロプノール共和国の元の支配勢力、貴族と呼ばれた少数の一族であるのは確かと思われるが、どこに潜んでいるのか……


「しかしあれだけ虐待され、奴隷よりもみじめな生活をしていた国民のなかに、いまの生活に不満を持つ者がいるのか……」

「ナーキッドは独裁者だ、独立を勝ち取ろう、というのがスローガンとなっています」


「おかしなものだな……少し前に我らが唱えていたようなスローガンだ……」

「ナーキッドに聞かれたら彼らは喜んで手を引くぞ、そうなったらどうなるか……周りの四級市民地域になりたいのか?」


「よくナーキッド・オーナーが云っています、無知は罪と」

「そうだな、無知は罪、そして罰は下される……」


 アイハンと話しているのは、片腕であるソルコクタ、モンゴル族の女で、賢夫人で名高いチンギスハーンの息子の嫁――チンギスの第四子、トルイの正妃、ソルコクタ・ベキの事、第四代皇帝モンケ、第五代皇帝クビライの母――の名を、親がつけたという。

「ソルコクタ、ナーキッド・オーナーは怖い方なのよ……」


 本来は三級市民地域でもあるロプノール共和国が、曲がりなりにも二級市民地域の扱いというのは破格の待遇、ナーキッド内部ではかなり異論があるというのに民は不満なのだ。


「枯れ草の束の上にのっているようなもの、火花が飛べば燃え上がる……民の本音は独立、誰かが煽っているだけだが、この問題の本質は根深い……深刻だ……」


「いっそ民の思うままに、やってみればいかがですか?」

「その結果は誰が負うのか……崩壊前のアメリカを知っているだろう?」

 ソルコクタは沈黙した。


「とにかく、私はできる限りの事をしなければならない」

「おっしゃる通りです……なんとしても、煽っている貴族どもを特定し、拘束いたします」

「たのむ……このままでは、この国の民の明日は……人でない暮らしになりかねない……」


 ソルコクタは治安部隊を総動員したが……煽っている貴族が特定できない……

「これは……扇動者などいないのでは……」

 アイハンの胸に不安がよぎる……


 この暴動の底には、民の不満が渦巻いているのは確か……しかし誰かが火をつけなければ、このような暴動は起こらない……

 そのように信じていたのだったが……


「甘かったのか……このロプノールの民は、ナーキッドの支配を望んでいないのか……あの奴隷の境遇を望むのか……」


 ナーキッドの支配下に入る前のロプノール共和国……

 一部の貴族に支配され、権力者以外は奴隷となり、命じられれば爆弾を抱えて自爆した、そのような生活がよいというのか……


 私たちはこの国を変えようと努力した……たしかに外圧を利用はしたが、貴族どもの圧政は打破したはず……

 なのに……なぜ……

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