第20話-肉食妹と御曹司 ⑥

「――やめないか! おまえたち! 中等部生の前でみっともないぞ」

「ぁんだと、てめぇ! ……って、神宮寺!?」

「ん、おお! 久しいじゃないか、トーカ」


 驚き半分でどこか嬉しそうに顔をほころばす千鶴さんに対して、伊達が掴まれていた手を振り払うと、威嚇を全面に押し出した顔で睨みつける。


「そうか……てめえもこの茶番一派の一人だったっけか。それにしても止めてくれんじゃねえよ! あたしはあの生意気なド貧乳を――」

「誰がド貧乳だ! 姉さま、放してください! あの女を屈服させないことには――」

「ハッハッハ! なにかと思えばくだらない喧嘩だったようだな。ワタシからすればみんな同じだ。レナも落ち着け」


 そりゃあ全人類の頂点みたいなダイナマイトボディの千鶴さんから見たら、すべてが小さいだろうよ。もはや悪口に等しい一言を放った後、千鶴さんは掴んでいた有巣をそのまま抱き寄せ、豊満な胸の中に押し込んだ。


 その圧力に押しつぶされる有巣はあいかわらず窒息しかけては、ぷはぁ、とぎりぎりで呼吸を保っている。


 そして、一瞬のうちに有巣をグロッキーにし終えてから、次は伊達に向く。


「トーカよ、とにかく我が部は暴力厳禁にさせていただきたい。もし嫌なら前みたいに力づくでかかってくるか? ワタシを屈服くっぷくさせられるかははなはだ疑問だが」

「……っ、てめえは、マジで、ぶっ殺す!」

「ハッハッハ! 元気があって良いぞ! かかってこい!」


 この二人の過去にいったい何があったのだろう。千鶴さんは欠片も気には止めてなさそうだが、伊達の眉間にはみるみるうちに青筋あおすじが立つ。


 そして、伊達が以前にも見せたような俊敏しゅんびんな動きで千鶴さんに飛びかかろうとした刹那せつな、ぱんっ、と大きく手を叩く音が聞こえ、穏やかで通る声がすべてを遮った。


「――はい、そこまでだよ! みんな、落ち着くんだ」


 俺はやっと泣き止んだ姫野に支えてもらいながら起き上がり、声の方を向くと、千鶴さんと同じ窓扉から東雲が入ったきた。


 その姿に伊達の動きもぴたりと止まる。


「晶……。次から次へと……」

「いい子だ、冬華くん。あと、頼むよ神宮寺くん。止めに入ったんじゃなかったのかな?」

「ハッハッハ! すまないな、東雲センセー。あまりにも久々に会ったトーカが可愛かったもので、からかってしまった!」


 言うと、千鶴さんは、まだファイティングポーズのまま固まっている伊達の正面に立ち、


「ほら、これで仲直りのハグだ!」

「て、てめえ! いい加減に……しやがっ…………ぷひゅぅ」


 有巣同様に抱きしめたまま、窒息させた。そんなやりとりをまたも呆然と見つめる後輩たちに、東雲は苦笑いで歩み寄る。


「すまないね。中等部の……、君は……まさか?」

「あ、はい。武者小路唯です。兄のゆうちゃんがいつもお世話になっております」

「そうか、やはりそうだったか……。うん、優馬くん。礼儀正しい素敵な妹さんじゃあないか!」

「先生に言われずともわかっています」

「おっとそれは愚問だったね、すまない。あと君は……?」

「御門院虎太郎です」

「ああ、君が御門院財閥の……。僕は東雲晶だ。高等部で美術教員、そしてこのCAN部の顧問をしている。よろしくね」


 二人をしげしげと見つめながら頷くと、東雲は俺の方に向き直る。


「さて、それで彼らはどういった要件で来ているのか……。優馬くん、説明してもらっても良いかな」

「あ、はい。実は……」


 御門院を確認し、小さく頷く無言での了承りょうしょうを得てから、俺は東雲に依頼内容とここまでに至る流れを説明した。

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