第19話-肉食妹と御曹司 ⑤

「――いじめられてるんです。僕」


 その一言が全てを示したのだろう。言った後の御門院の膝は行儀よく置いた拳とともに小刻みに震えていた。


 苦渋くじゅうをかみしめる口元、悲しそうな瞳、そして自分のことのように悲壮ひそうな顔で受け止める唯。その欠片も冗談を感じさせない面持ちに、俺はさきほどまでの考えを少し申し訳ないと思った。


「そうか……」と有巣が一言溢こぼし、姫野が目を伏せて静かに深呼吸をする。伊達の俺の首を絞める力は少し弱まった。


 この状況で誰が何を切り出すのだろう。急な告白に各々が一歩踏み出せないのを察してか、御門院は言葉を紡いだ。


「僕も唯さんと同じだったんです。昨年、家の都合でここに転校してきました。最初は物珍しさにみんなと仲良くできてたのですが……。やっぱりお金に恵まれてるってこともあって、快く思わない人もいるんです」


 自分で金持ちだなんて、なかなか言えるものではないが、やはり相当なものなのだろう。羨ましく思えるが、それ相応の悩みもあるようだ。


「最初はお金を貸してほしいといった話でした。それが返ってこなくなって、次第にもっと要求されるようになって、エスカレートしていって……。僕がこんなんだから、仲が良かった周りの友人も僕とは距離を置くようになりました」

「そっか……、ひどいね」


 姫野がぽつりと呟くと、御門院は涙目になる。


「僕は……、自分でも思いますが、臆病だし、力も強くないし、争うのも好きじゃない。なにか言われても言い返せる度胸もないです。そんな自分が情けなくて――」

「でも! 虎太郎くんは優しいです。こんなお坊ちゃまなのに、人が嫌がるトイレ掃除とかも一所懸命やってくれるし、お花に水をあげたり、先生のお手伝いしたり……なんたって唯にお肉をくれました! お肉をくれる人に悪い人なんていないのです……だから、どうにかしてあげたくって……」


 いつまでも続きそうな御門院の自虐を打ち消すように、唯が震える声でそう言った。だが、唯の声は少しずつ小さくなって、最後にはすがるような瞳で俺を見る。


 そんな二人の訴えを前にして、有巣は細く息を吸う。そして、表情なく毅然きぜんと答えた。


「だから、貴様らはどうしたいんだ?」

「え?」


 あまりにも冷たく聞こえる有巣の返事に、二人はぽかんと有巣を見返す。年下相手で、こんな話の後でも自分のスタンスを変えない。それが有巣の鬼畜嬢たる由縁ゆえんだ。


「知っているかもしれんが、我々CAN部は、依頼者のなりたいことや、やりたいこと。言わば、自ら叶えたい希望を応援する部活だ。無条件で現状を解決するような、何でも屋ではないのでな。貴様が自ら叶えたいことを、私の目を見てはっきり宣言してほしい」


 有巣は背もたれに躰を預けると足を組んで、手で髪を振り払った。そして、なにかを試すように御門院を見下ろす。


 その威圧さはなんたるか、と言ったとこだが、御門院は一度唯に向き、唯がそれに対して力強く頷くと、一度咳払いをして口を開いた。


「ぼ、僕は……。いじめにくっしない自分になりたいです。そして願わくば、いじめ自体を無くせればと思っています。その糸口を掴みたいです!」


 その先ほどよりも、ほんの気持ち程度、熱がこもった御門院の言葉に、有巣がふっと微笑んだ。そして姫野、伊達、俺と順番に目配せすると不敵に一声を放つ。


「そうか、よいだろう! ではCAN部諸君の総意を問おう。この依頼、受けるか――」

「あったりめえだ!」


 即座に伊達が俺の首から腕を外すと、有巣の声を遮った。


「おい、御門。おまえみたいなやつが来てくれるのを待ってたぜ。いいか、てめーら。あたしはこいつの依頼を解決して、晶との約束を果たす。そんでこんな茶番ともオサラバだ」


 キャラに合わず、突然息巻いた伊達に有巣はぴくりと片眉を持ち上げた。だが、意地悪な笑みを浮かべると伊達を見上げて静かに問う。


「ほう、それではお手並み拝見といこうではないか。そもそも貴様に策などあるのか?」

「簡単だ。御門、おまえをいじめた奴の名前を全員言ってみろ。二度と手出しができないように、あたしが全員ぶっとばしてやる」


 おいおいおい。そうじゃあないだろ。

 思わずだろうか。ずこ、っとわずかに有巣も前のめりにずり落ち、唯も苦く笑う。


「それじゃあダメだよ、冬華パイセン! それじゃあなんの解決にもならないんだよ……。こたちゃん、あたしもわかるよ。そうだったから。辛かったよね」


 伊達のお粗末な解決方法ですでに涙目だった御門院は、姫野の言葉でぐすりと鼻をすすってこくこくと頷いた。さっきまではあんなに憎たらしかったのに、どんどん気の毒に思えてくる。


「やっぱり、ダメか?」

「伊達先輩。そんなことがまかり通ったら、それこそ世も末ですよ」

「まあ、そうか。そうだよな」


 本当にわかっているのだろうか。伊達は、はぁと小首をかしげると、すぐにきつい視線に戻って御門院を睨んだ。


「だがな、とは言っても、てめーもなよなよしてたら馬鹿にされるに決まってんだろ。ぶっとばしてやるくらいの気概は身に着けねえと、どうにもならないんじゃねーのか」

「……言い過ぎた伊達二年生。脅してどうする」


 伊達の片目しかない眼くれが余計に恐ろしかったのだろうか、ひいっと身を退く御門院とのやりとりを有巣はため息半分に抑制すると、伊達ほどではないが、真剣に御門院と目を合わせた。


「だが、彼女の言うことも一理はある。いじめにも外的要因と内的要因があるはずだ。正直に言わせてもらうぞ、御門院中学生。貴様のいじめの要因は、その性格にもあるのではないかと思っている」


 なんだかんだ伊達と言ってることが変わらないじゃないか。あいかわらずうちの連中の激辛具合には呆れてくる。


 このままでは、ひたすら御門院の精神を削って終わりそうだ。

 ヘッドロックから解放された俺は、やっとお茶を入れながら、話を進める。


「じゃあどうするんだよ。それこそ強くなるためのトレーニングでもCAN部で支援するのか?」

「それも大切だと思うんだけど、一番大事なのは円滑なコミュニケーション力だと思うんだよね」

「いや、力と言っても精神力の方だ」

「違えな。武者野の言う通りでいいんだ。力だよ、パワー。そんなくどくどやってたら、らちがあかねえ」


「「「……ん?」」」


 綺麗にまったく異なる答えが返ってきた。三人がお互いの台詞に引っかかったのか、これまた三者三様に納得のいかない顔をする。


「ふんっ、誰しもが貴様みたいな脳筋暴力女と一緒にしないでほしい」

「ああ? なんだと……。てめえこそ精神力とか言ってるわりには、すぐに口喧嘩売ってくる単細胞おこちゃまなんじゃねえのか?」

「貴様……。聞き捨てならんぞ!」

「ちょっ! ちょっとやめうよ! あーちゃんも、冬華パイセンも。ここで二人が喧嘩しなくたって……。それにどちらの力じゃなくて大切なのはコミュ――」

「うるせえな乳女! どうせおまえのコミュ力なんか、その乳で男たぶらかすだけなんじゃねえのか?」

「え、乳女……。ち、違うもん! うわぁーん! 冬華パイセンのバカ! 脳筋暴力貧乳!」

「て、てめえ! ぶっとばす! おい武者野、てめえもなに見てんだ! ぶっ殺すぞ!」

「ま、待って! それは本当にとばっちりだ! ちょ、ちょ、なんで俺が――ぐふぉ!」

「貴様らっ! いい加減にせんか!」

「うるせえ、ド貧乳! 武者野妹より体積ねえだろ!」

「ドッ!? な、ななななな! 貴様も変わらんだろうが! 理不尽にもほどがある!」

「なんだとてめえ! じゃあ比べてみるかコラ!」


 なぜこうなったんだろう。どこから乳の話になって、なぜ俺は殴られて床にひれ伏しているのだろうか。そして唯を乳の話に巻き込まないでくれ。なんかいたたまれなくて顔が真っ赤じゃないか。なぜ妹のあんな表情を見なくてはいけないのだろう。


 もはや混沌とした状況に、後輩二人は完全に唖然として、女子高生三人の取っ組み合いを眺めている。


「ええい! 御門院中学生!」


 伊達の胸倉を引っ張りながら、逆に首筋を掴まれている有巣がしびれを切らして叫んだ。


「貴様自身はどうしたいのだ! 選べ! 対人能力か、精神力か、純粋な力か!」

「え……、ええと、その……」

「はっきりせんか!」


 いい加減にしてほしい。こんな状況であの御門院が答えられるわけがないだろう。

 どうにかしてやりたいが、俺も苦痛で動くことができない。伊達が加わったぶん、CAN部としての沸点も低くなり、余計に手のつけられない集団となっていた。


 もうこのままどうすることもできなんじゃないか……。


 そう諦めた瞬間。中庭に面した窓ガラスが激しい音と共に開き、外から緋色の髪をなびかせた千鶴さんが大股で入ってくる。そして、勢いのまま、有巣と伊達の首根っこを子猫を持ち上げるかのごとく掴んで引き離した。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る