第18話-肉食妹と御曹司 ④

「それで……、うちの妹とはどういう関係なのだね」

「この馬鹿者。依頼内容を聞かんか」

「そうだよ、優馬くん。義父おとうさんじゃあるまいし」

「義父さんって言うな! 俺はまだ認めてな――ごふっ!」

「黙って聞け、この変態ロリコン! 話が進まねえだろーが!」

「だって……、だって!」

「いい加減にしろ優馬。あとは私が聞くから、貴様はお茶でもんでいろ」


 伊達に一発もらい、有巣に冷たくののしられ、俺は泣く泣く面談ソファーを後にする。


 ソファーにちょこんと収まった御門院は、唯やCAN部メンバーと比べても小さく、それが体型の問題ではなく、にじみ出る遠慮がちな性格と、陰が入りそうなほど弱々しい雰囲気のせいだとすぐに気が付いた。


 こんな、なよい男に唯はゆずれない。そんな思いでキッチンから御門院の話に耳を傾ける。


「すまんな、御門院中学生。優馬は妹君のことが絡むとああなのだ。とは言っても君のことは何も知らないな。自己紹介から始めてもらって構わないだろうか?」


 有巣のきつい視線で、少しびくついた御門院は、その目をわずかに逸らすと、口を開く。


「はい、改めまして中等部三年の御門院虎太郎と申します。唯さんとは同じ――」

「唯さん!? 誰が名前で呼んでいいと――」

「黙らんかっ! このロリコン妹フェチ武者が! 何も聞き出せないではないか!」

「悪かった! わかったから、フェチとか言わないでくれ!」

「す、すみませんお兄さん……。まさかお兄さんが唯さんをそういうふうに大切にしていたなんて……」

「誤解だ! それに君にお兄さんと呼ばれる筋合いはない!」

「ゆうちゃん、いい加減にしてください!」

「まかせろ、武者野妹。あたしが、おめーの兄貴が余計な口を挟まないように首を絞めといてやるから」

「冬華パイセン……。それは優馬くん死んじゃうんじゃ……」


 姫野のけん制も虚しく、俺は伊達に意識を持っていかれそうになりながら続きを聞く。


「それで唯さんとは同じクラスでして、僕の相談にも、唯さんはよく聞いてくれるので、ついつい甘えさせていただいております」

「甘えるだなんて、とんでもない! 唯は受けた恩を返しているだけなのです!」

「恩……とは?」

「あ、ええ、それが、僕がお弁当を食べていたら、すごく羨ましそうに見つめてきたので、分けてあげたんです」


 御門院がちらりと唯を見ると、唯は無邪気にうんうんと首を縦に振る。


「そうなんですよ! 虎太郎くんのお弁当からはこれまで嗅いだことのない良い香りがしまして……そしたらなんとA5ランクの飛騨牛だったのです! 思い出すだけでよだれがじゅるりです! それをいただいてしまったからには一生の恩義。唯はその恩に報いらなくてはいけないのですよ!」


 そう。うちの完璧な妹に唯一の欠点があるとしたら、肉に対する狂乱なまでの愛情と、肉と対面した際の異様な顔のだらしなさ。ごめんな、いつも良い肉食わせてやれないから、そんなからだになっちゃって。


 だが、妹よ。人のお弁当の匂いを嗅ぐんじゃあない。

 あれ、みんなの冷やかな視線が集まっている気がする。すみませんね、兄の教育が行き届いていなくて。


「昼から飛騨牛かよ……。それにまさか、おまえ。って……」


 伊達が問うと、御門院はより縮こまって、こくりと頷いた。


「はい。そうなんです。僕は御門院グループの人間です。ただし分家のようなもので、党首の継承順位からはかなり遠いんですが……」


「「御門院グループ?」」


 俺と姫野が何のことやらと首をかしげると、有巣はそんなことも知らないのかというようなため息で説明を加える。


「御門院グループといえば、超老舗しにせの財閥だ。うちも学校として取引をしている。そこの御曹司おんぞうしともなれば、分家と言えども相当なものだろう」

「へー、そうなんだあ! じゃあ、こたちゃんは大企業のお坊ちゃま君なんだね?」

「まあ……、はい。僕の場合は、本当に名ばかりなんですけどね……」


 姫野が変なあだ名と共に問うと、御門院は拳をぎゅっと握って、ぽつりと溢した。その様子を唯がどこか心配そうに見守る。


 その暗さから気づかなかったが、言われてみれば確かに、御門院の言葉遣いや、身なりはかなり整っているように思えた。


 つまり、金持ちの坊ちゃんが、唯を肉で飼いならしたってことか。なおさら気に食わん。

 そんなやつがこれ以上、CAN部に何を望むのだろうか。それで彼女がほしいなどと抜かしてきたら喝を入れてやろう。


「――それで、依頼とは?」


 今だに首を絞められながら、そんな嫉妬心を抱く俺をよそに、有巣が話を戻すと、御門院は急に沈痛ちんつうな面持ちとなり、顔を伏せる。


 その横で唯が声を上げようとしたが、やはり同様に言葉を喉で詰まらせると、御門院を見つめて、小さく頷いた。


 わずかなしじまが、この部屋を包む空気を重たくし、俺たちは次の言葉を待つ。


 そして、御門院は俺たち全員をじゅんぐりと申し訳なさそうに見まわした後、消え入りそうな声で呟いた。


「――いじめられてるんです。僕」

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