第16話-肉食妹と御曹司 ②

 ゆいがCAN部の扉を開くまでに、そう時間はかからなかった。


 姫野の卒業式や、神宮寺千鶴の加入、さらには不登校を続けていた伊達冬華が出入りしているCAN部の噂は中等部にまで届き、必然のごとく唯の耳まで入ることとなった。しかも、その渦中には武者小路という一年生男子がいることも出回り、当然の話だが、こんな苗字の人物は他にいない。


『なんで、そんな大事なこと教えてくれなかったんですか!』


 なんて頬を膨らませながら、高等部区画にある部室に入ってきたのは、伊達の一件があったすぐ後。


 さすがは商店街の人気者である我が妹は、対人スキルを最大限に発揮し、有巣や姫野、伊達といった地雷源のようなメンバーの中でも簡単に溶け込んでいった。まあ何といっても可愛いは正義なのだ。


「――あれ……? ゆうちゃん、なんでそんな真っ青なんですか?」

「いや、これは……伊達先輩と今日から俺は! ごっこをしていただけで」

「今日からどうしたんですか?」


 例えが古すぎただろうか。小首をかしげる唯に、心配ないと無理やり微笑みながら問う。


「それより唯、さっきまで何の話をしてたんだ?」

「えっ、今ですか? 有巣先輩と姫野先輩に、先月お肉屋さんで教わったソーセージ作りの自慢をしちゃってました!」

「なんだ……。そんなことか……」


 唯の無垢な笑顔に安堵あんどする。だが、そんな俺をあざけるように定位置の隅っこにある椅子にこしかけた伊達が蔑んだ笑みを向けた。


「むしろお兄ちゃんは何を想像していたんだろうなあ?」

「伊達先輩、今度こそ本当に黙っててくれませんか」

「……はっ! 優馬くんの変態!」

「いや、姫野。違うから。俺はそんなこと――」

近親相姦きんしんそうかん……。小説ネタとしてはアリだな。だが、優馬。さすがの私も少し引くぞ」

「アリじゃねえよ! そんな目で見るな! しかもなにちょっと赤くなってんだ!」

「きんしん……?」

「まて、唯! おまえはそんな汚い言葉は覚えちゃいけません! 有巣、唯の前で卑猥ひわいな言葉は禁止だ!」

「ひわい……?」

「なんでもありません!」


 このままだと負の連鎖が続く。俺は声を荒げると、唯の両肩を掴んで訴えた。


「いいか、唯。ここは唯みたいな健全な女子中学生入ってはいけない空間なんだ。腐海ふかいみたいなものなんだよ。だから唯はもっと綺麗な森へお帰りなさい」

「さらっと、とんでもない言い方をしてくれたな。せぬぞ」


 有巣が目じりを吊り上げ、伊達が吐き捨てるように笑う。


 それを見かねたのか、姫野が得意げに鼻を鳴らし、俺の手を唯の肩から外す。

 そして英国紳士よろしく片膝をつくと、唯の手をそっと取って微笑んだ。


「ダメだよ優馬くん、そんなこと言ったら。いい、唯ちゃん? 前にも言ったけど、ここは楽しくてハッピーな青春の舞踏会なのだよ。唯ちゃんも素敵な女子中学生JC女子高生JKになるためにはここで一緒に輝かしいエブリデーを過ごそうじゃないか」

「はわわわ……。姫野先輩っ……!」

「姫野先輩はよしたまえよ。りん姉ちゃんって呼びたまえ!」

「り、りん姉ちゃ――」

「やめなさい! 唯には俺というお兄ちゃんだけで十分なんです!」


 天然娘の珍しい先輩面に爛々らんらんと目を輝かせる唯の視線を手で塞ぎ、姫野を睨むと、姫野はいつも通りてへっと唇を出して一歩退いた。


 妹を取られまいと、キーっと威嚇いかくを発する俺の手をどかしながら、唯は少し悲しそうな上目遣いで訊ねてくる。


「……ゆうちゃんは、唯がここにいたら迷惑ですか?」

「うっ、そういうわけでは……」

「そうですよね……。せっかくのお友達との楽しい時間に妹なんかいたら嫌ですよね……」

「そ、そんなことはないぞ! だけど、なんというか、その……」

「けっ、諦めんだな武者野。そもそもそれはてめえが決めることじゃないだろ。なあ、部長さんよお?」


 返事に言い淀んでいると、伊達がピンと人差し指を有巣に向ける。有巣は哀れんだように俺を見ると、軽くため息を吐いた。


「そうだな、伊達二年生の言う通りだ。観念かんねんしろ。それに今日、妹君いもうとぎみが来たのも、理由がある。そうなんだろ?」


 そして、横目で唯を見た。その仕草に唯はこくりと頷く。

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