第14話-彩眼竜と紅の色 ③
「おまえ、この目を見たとき、どう思った?」
「え……、率直な感想でいいですか?」
「ああ、殴らねえから言ってみろ」
俺は一度、伊達の赤い右目をしっかりと見つめ、慎重に返事をする。
「とにかく、すごいな……と。間違いなくカラコンだと思っていました」
「それで? あたしのことをどう思った」
「正直に……ぶっとんだ中二病の方かと――いや、すみません。悪気はないです。誤解だったんです!」
途中で威勢のよい舌打ちが聞こえて、即座に謝罪の準備にかかる。
しかし、伊達は諦めたようにため息を吐いた。もう何度も同じような扱いを受けてきたのだろう。
「誤解……か。都合の良い言葉だよな」
言って、きつく俺を睨みつける。それはとても静かで本気の憤りだった。
「知らなかったら許されるのか? あとから理解してやればそれでいいのか? そうじゃないだろ。見た目でばっか判断するんじゃねえよ」
「はい……。すみません」
「いや、別におまえ一人がってわけじゃねえ。とにかくあたしはそういうのが嫌なんだ。人を見た目で判断するやつがさ。だからこの目で見ると、そいつの本性が――あたしの嫌いな人間なのかがわかる。そんで、あたしがそいつに受け入れられてないこともわかる」
伊達は目を伏せた。薄暗い部屋に延びる小さな陰が、伊達の足元を覆う。
「それに、あたしはちゃんと自覚しなきゃいけねえんだ。この世界そのものに受け入れられてないってことに。自分の居場所なんかねえって真実に。おまえらがその目を向けるたびにな。そうじゃなきゃ……心がもたねえよ」
その呟きは、普段の勢いが嘘みたいに小さく、震える唇から発せられた。
なにか忘れていた苦痛を思い出したように、伊達は自分の身体を抱く。
それがあまりにも儚く見えたからだろうか。俺は衝動的に言葉をつなごうとしたが、無責任なことは言えない。言葉にならない空気だけが喉を軽く通過し、黙りこくる。
そんな俺を見て、伊達は冷ややかに笑った。
「
それだけ溢して、伊達はまた筆を取ると絵に向かった。
なんて切ない顔だよ。ただそんな思いが俺の胸をぎゅっと縛る。
伊達がこれまで、その目のせいでどんな想いをしてきたのかは知らない。伊達の言っていることも間違っていないと思う。理不尽な扱いを受けてきたこともわかる。ただ、伊達の言葉すべてが正しいと言い切れるものではなかった。
だからと言って、慰めも、気遣いも、すべてが伊達の前では空っぽな虚言にしかならないだろう。それでも俺はただ放っておけなくて姫野の時みたいに言葉を探した。
そして出てくるのは、やはり自分が思っていることなのだ。
「俺も……。俺もそう思ってました」
正しい答えを言っているのか不安な時みたいに、頭をかきながら呟く。
「俺も居場所なんかないって、ずっと思ってたんです」
親父が死んでからのことを思い出す。みんなには部活とか、放課後とかの居場所があって、でも自分にはそんなものは無くて、諦めて、腹を括ったつもりでいて、世の中なんてそんなもんだって達観した。自分とは関係ない世界のことだと決めつけた。
だから、有巣からCAN部の話があった時も、最初は入る気はなかった。けれど、
「でも居場所って……もともとあるものじゃないって、今は思えるんです。最初は納得できなくても、居心地が悪くても、妥協して、譲って、それでも大事にしたいものはちゃんと持ってれば、そこは新しい居場所になるんじゃないかって……」
いろいろ考えて、折り合いをつけて、俺はCAN部にいる。
そして、それはきっと俺だけじゃないんだ。
いつのまにか筆を止め、横顔で俺の話を聞く伊達に問いかける。
「さっき、伊達先輩が殴り飛ばした姫野……あいつの第一印象ってどう思いますか?」
「ああ……、あのヘラヘラしたあほ女か。おまえらの中では一番ガキっぽくて、生意気なやつだったな」
「そうですよね。一番子どもっぽいですよね。でもあいつ、浪人してるんですよ。一年ですけど先輩と同じ年です」
「なっ……!? そうなのか……」
「はい。姫野も最初は居場所もなくて、自分を見失って、でも今はあの場所で先輩のこと迎え入れようとしてた」
仲間が増えると聞いた時の姫野の笑顔を思い出す。
「しかも有巣なんて、あんな顔して、あんな口調で、BL小説とか書いてるんですよ。内緒ですけど」
「マジか。想像つかねえな……」
「ですよね。それにあんな性格だから友達いないし、敵も作りやすいし……。けど本当は友達想いの良いやつなんです」
有巣だって、伊達が来る前に張り切っていた。あんな性格で表には出さないようにしているが、有巣自身も人のために何かしたいという気持ちがあるのだ。
「最初は間違えたかもしれないけど、俺に先輩の後を追いかけるように言ったのは姫野です。本当に先輩を救いたい顔だった。それにカラコンじゃないって気づいたのは有巣でした。あいつはそうやって人を見た目で判断するようなやつじゃないです」
彼女たちの想いが少しでも伝わるように真っすぐに伊達を見つめる。すると今度は伊達が気まずそうに瞳を逸らした。
「だから……、言わなきゃ伝わらないことも、たくさんあると思います。現に俺が今、先輩と話して、改めてわかったこともいっぱいあるし、先輩がそんな悪い人じゃないってことも、意外と素直でいい人なのかもってことも思ってます」
素直にそう言うと、伊達は唇をわずかに噛み、黙って聞き入れている。
「俺もそうですけど、あいつらもいろいろあって、でも今はあの部室がちょっとした居場所になってて、最初はぜんぜんまとまりなくて。今もないけど……。でもそこそこ居心地良くなってきて……。結局なに言いたいのかはわからないんですけど――CAN部が伊達先輩にもそういう場所になればいいなと思います。この世の中への愚痴なら俺たちも負けてないですよ。いつでも付き合うんで!」
言っていて不思議になる。俺はこんなに語れるほど、CAN部を好きだっただろうか。また、こんなに熱心に勧誘するつもりがあったのだろうか。
結局それはわからない。しかし、ひとしきり言い終えた後、伊達は呆れ半分でこっ恥ずかしそうに小さく笑い、俺もそれに合わせて微笑んだ。
「……ったく。晶もおまえらもお節介すぎるんだよ。わかった! 今回はおまえに免じて目のことは水に流す。それに今後も世話になるしな。あたしだって、ただ暴力的な物分かりの悪い女ってわけじゃあないんだぜ」
「それは……どうでしょうか」
「おい、調子乗んな。別に仲良しごっこするつもりではねえんだ。もう一発ほしいのか」
「いや、ほんともう勘弁してください。すみませんでした!」
少し慣れきた空気に油断していると拳をパキッと鳴らされる。まだまだ気を付けないといつ殴られるかわかったもんじゃない。
ただそう言って笑った伊達の顔が、あまりにも女子らしく、この暗い空間に輝く。それはきっと目の紅も含めた伊達のありのままの輝きなのだろう。
――それから数日後。CAN部の扉を開けた伊達は、身構える有巣と姫野の前で軽く頭を下げた。
「このあいだは悪かったな……。殴ったことは謝る。まだ信用してるわけじゃねえが、しばらく間借りさせてもらうぞ」
ぶっきらぼうに小声で言った伊達を姫野が爛々とした笑顔で迎え入れ、有巣がふん、と小鼻を鳴らした。俺は紅色のマグカップをひとつティーセットに加えてお湯を沸かす。
夏の始まる蒸し暑い夕暮れ。噂の彩眼竜、伊達冬華がCAN部に加入した。
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