第10話-CAN部と彩眼竜 ⑥

「さて、それでは冬華くんのCAN部入りが決まったところで、ひとつ課題を出そう」

「課題?」

「そうだ。まさかただこの部屋に居座らせることだけが僕の目的だと思ったのかい?」

「いや、まあそうだろうけどよ。なんなんだよ課題ってのは」

「それは……CAN部のみんなにも関係することだから聞いてほしい」


 東雲は各々に目配せすると、人差し指をぴんと立てる。


「冬華くんを含めたCAN部全員で協力して、CAN部に来る依頼を一つでも解決してほしいんだ」

「……依頼? 協力?」


 東雲の発言を伊達は怪訝な顔で見返した。


「もともとCAN部とはそういう部活だからね。そうだろ、優馬くん」

「そうですね。伊達先輩、CAN部は生徒支援型の部活なんです。学生から依頼が来て、それを解決に導くことを生業としているので――」

「貴様にそれができるかは甚だ疑問だがな」

「あぁ? なんだとてめぇ……」

「ちょ、ちょっとストップー! ダメだよ、あーちゃんも、冬華パイセンも! せっかく仲間になったんだから!」


 俺が説明しきることなく有巣が毒を吐き、売られた喧嘩を買うように伊達が殺意を宿す。そして再び睨み合った二人の間に姫野が急いで立ち上がってけん制する。たった一回のやりとりでこの様だ。会話のキャッチボールが見えるのだとしたら常にデッドボールを投げ合っているようだろう。目もあてられない。


 というか冬華パイセンってなんだ。ザギンのシースーでもあるまいし。


 早くも馴れ馴れしい呼び方をされ、眉間が狭まった伊達を気にも留めずに姫野は続ける。


「あ、あのねっ! わからないかもしれないけど、CAN部って楽しいところだよ! 人の悩みとか解決して喜んでもらえるし、自分でも人の役に立てるんだって思えるし。それに――」


 姫野は眼前で威圧的に睨んでくる伊達をちらりと確認すると、おぼつかなく胸元で合わせた両手に視線を落とし、おそるおそる尋ねた。


「あっきー先生から聞いたんだけど……冬華パイセンも孤独なんだよね? なにかに誤解されてるんだよね? あーちゃんも口は悪いけどすごく思いやりがあって、優馬くんも優しいし、あたしも孤独だった時にこの二人に助けてもらったことがあって……」


 チッ、と舌打ちが伊達から聞こえて、姫野はそれ以上言葉を紡ぐのを控えた。


「おい、てめえがなに知ったように話してんだよ」

「あ、はい……。ごめんなさい」

「そんで晶、こいつらにあたしのなにを話した」

「姫野くんが言った通りだよ。君が誤解されたうえで孤独な想いをしているとだけ説明している」


 すっとぼけたように微笑む東雲に伊達は心底呆れたように大きなため息を吐いた。


「本っ当に余計なことを……。いいか、別にあたしは孤独でもなんでもねえ! それよりもこんな人助けだの協力だの、ありもしねえ綺麗ごと並べるようなやつがよっぽど胸クソ悪い」

「綺麗ごとなんかじゃ――」

「もういい! 黙れ!」


 伊達は姫野に一言だけ吠えると、黒い眼帯に手をあてた。そして強い口調で続ける。


「とにかく課題を解決するまでは、ここにいてやる。だが、こいつらと協力するかどうかだけは、あたしに決めさせてもらうぞ。こいつらが仲良しごっこに値する相手なのかをな」


 そういうと伊達は眼帯に手をかける。


「よ、よせ! やめるんだ冬華くん! それは今じゃなくても!」

「うるせぇ! 見てやるよ、おまえらの本性を。この真実が見える眼で!」


 東雲がなにをそんなに慌てているのかはわからないが、伊達は止めようとする東雲をはじき、薙ぎ払うように眼帯を外した。そして俺たち三人をぐるりと見まわす。


 新田から聞いた噂の赤い眼。そして、伊達の言う真実の見える眼。


「すげえ……」


 それはそんな言葉が出るほどのものだった。

 充血とは違う。白が垣間見える余裕もないほどに鮮やかな紅色が全体を覆い、黒目であろう部分がそれよりもわずかに濃く彩られている。みずみずしい果実のようであり、それでいて憤怒を表している赤色のようにも見えた。


 有巣も一瞬怪訝な顔をするが、何も言うこともなく、ただ不思議そうにその瞳を見返す。


 そして、姫野も驚いたように眼を見張ると、戸惑うように苦笑った。

 無理もない。反応に困ったのだ。


 噂通りの赤いカラーコンタクト。それでいて真実を見える眼ときたもんだ。こんなに暴力的にも関わらず、実は中二病まっ盛りな人物ではないか。


 そう思うと可愛く見えて、どう反応するのが正解なのかがわからない。

 さきほどまで恐ろしいものを見るようだった姫野も、可哀想なものをなだめるように一言ぽつりと漏らす。


「か、可愛いカラコンですね……!」


 その言葉に有巣は首を傾げたが、俺としてはまったくの同意見だ。


 だが、それがすべての間違いだったらしい。


 姫野がそう呟いて、愛想だけの微笑みを伊達にむけた刹那、鈍い音と同時に姫野の身体は折りたたまれるように後ろにふき飛んだ。

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