第9話-CAN部と彩眼竜 ⑤

「――ま、まあまあ、とりあえず話をしようじゃないか! ね、麗奈くん。冬華くん」

「東雲先生。お言葉ですが、そちらの野良犬は人間との会話方法を習得しているのですか」

「なんだとクソガキ……。オマエこそ、そんなところで野良犬に怯えて近寄れねえんじゃねえのか?」

「んなっ! き、貴様ッ! 上等ではないか。凛、そこを空けろ!」

「はっ、はい! 隣が空いておりますので……、どうぞ部長殿!」


 ソファーには東雲と伊達、机越しに姫野とさきほどまで自席にいた有巣がどっしりと腰を落とした。


 俺は睨み合う二人を中心とした劣悪な空間を一望しながら、人数分の紅茶を淹れる。


 早くも姫野がSOSサインを送ってきているが、なるべくなら永遠に紅茶をドリップしていたいところだ。もはや茶葉を摘みに行く勢いでこの部屋から脱出するべきではなかろうか。そうだ、静岡に行こう。いくぜ、東海。


 脳内を電車の中刷りのように、一面の茶畑の中を駆け抜ける新幹線が通過した。しかし、紅茶だから静岡ではないなと納得したところで、東雲が明るい口調で場を仕切り始める。

 さすがは教師。このような現場もお手の物なのだろう。


「さて、そろそろお互いの関係も温まってきたところだし、とりあえず自己紹介から始めようか!」


 ――と思った自分が浅薄だった。


 そうきたか。たしかに炎上はしているが、仲良く座談会という雰囲気ではない。そんな緊張を気にも留めず、東雲は朗らかな笑顔で微笑みかける。


 たった今、新たに生まれた混沌な空気をどう処理しようかと悩みかけたところで、次は耳をつんざくような高い声が聞こえる。


「はい、はーい! あたしはCAN部副部長の姫野凛です! そしてー、そちらで今日も美味しいお飲み物を出してくれるのは、CAN部の……雑用? 武者小路優馬くんです」


 なんとも珍妙な化学変反応が起きた。東雲と姫野の波長は空気を読まないところで微妙に合っているのかもしれない。


 それに雑用とはひどい言われようだが、もう便乗するしかなかった。


「はい。姫野が言った通り、武者小路優馬です。よろしくお願いします。あとそこにいるのが部長の――」

「有巣麗奈だ。こちらは名乗ったんだ。貴様も名乗ることくらいはできるんだろうな」

「ふんっ……。伊達冬華。二年だ」


 無事かどうかはさておき、挨拶が終了。

 とにかく会話が成立することがわかったところで、東雲が話を進める。


「自己紹介も済んだし、さっそくだが本題に入ろうか。CAN部の諸君には以前にお願いしたとおり、この伊達冬華くんを仲間に加えてほしいのだが」

「はぁっ!? おい、晶! どういうことだよそれ! 聞いてねえぞ!」

「うん、今日初めて言ったからね。だって冬華くん、僕が連絡してから今日まで登校していなかったじゃないか」

「それはそうだがよ……」


 なにを怒っているんだい? そんなきょとんとした顔で見つめる東雲に伊達はいらつき顕に雑に息を吐いた。


「……ったく、てめえはいつもいつも! 余計なお節介だって言ってるんだ!」


 伊達が吠えると東雲は少し気まづそうにこちらに苦笑う。どうやら今回が初めてではないらしい。

 しかし、そんな顔されたところで、こちらも愛想笑いを返すのに精いっぱいだった。


 だが、それにも気にせず糾弾するのが有巣である。当然のごとく東雲に問うた。


「東雲先生。こちらとしても意志のない人間にはお断りを願いたいのですが」


 よく言うよ、俺と姫野も半ば強制的に入部させたくせに。

 自分のことを棚に上げて語りだす有巣に呆れていると、伊達も便乗するように東雲を睨みつけた。


「ほらよ晶、聞いたか? あたしだってこんなやつらと部活ごっこしてるつもりなんかない。むしろこっちから願い下げだってんだ」

「部活ごっこ? それは聞き捨てならんな。貴様みたいな野良犬には部活動という崇高な行為が理解できないらしい」

「あ、なんだと!? てめえらのくだらないお遊びに付き合ってらんねえって言ってんだよ。それにな、あたしはてめえらみたいな馴れ合いが大っ嫌いなんだ!」

「言わせておけば! 私たちだってな、貴様のような輩と馴れ合うつもりなど」

「――やめなさい、二人とも。静かにしないか」


 いよいよ両者共に胸倉を掴むがごとく立ち上がった時、東雲が深く静かな声で一言放ち、有巣と伊達はそちらを向く。


 普段から笑顔が張り付いているからだろうか。真顔でじっと見据える東雲が発する空気はどこか重たい。そして、東雲は一呼吸はさむと、いつものように柔らかく笑顔で問うた。


「馴れ合いか。僕はそれをコミュニケーション能力と呼ぶのだけどね。それにしても……ほう、じゃあ君たちは僕が見込んだほどのコミュニケーション能力を持っていないということでいいのかな。どうやら僕は君たちの事を過大評価していたらしい」


 東雲がなお微笑むのと同時に、いがみ合っていた二人からより強力な殺気が放たれるのを感じた。伊達が力任せに指を鳴らし、有巣からは舌打ちが聞こえる。


「それにCAN部のみんなには依頼としてお願いしたはずだ。有巣くんにはcan't不可能があるということだね。そもそも君たちは他人を罵る前に自分に負けているんじゃないかな」


 お互いを睨み合っていた視線が、今や鋭い刃物のように東雲に向いている。しかし、それを意にも留めず、むしろ心地良いくらいに東雲は憮然とした笑顔を作った。


「晶ぁ、オマエだって言っていいことと悪いことがあるぞ……」

「東雲先生……。今の言葉は聞き捨てられませんね」


 そろって眉間にシワを寄せた二人を前に東雲は軽く笑う。そして、その表情をすうっと消すと、まっすぐな瞳で二人に問いかけた。


「そうか……。それならそうではないと証明してくれないか。君らが僕の期待通りの生徒であることをね。その時はぜひ今の言葉を詫びさせてほしい」


 そう言った瞬間だった。それまでわなわなと震えていた二人は東雲を指さすと、力強く息を吸い込み、まるで二匹の狂犬のように吠えた。


「上等だ! 部活動ごっこでも何でもやってやるから、土下座の練習でもしておけ!」

「もちろんです! その理不尽な発言が誤りだったと謝罪してもらいましょう!」


 おそるべし美術教師。有巣の性格を本当によくわかっていやがる。それに伊達のこの感じ、もしかしたら二人の扱いは似ているのかもしれない。


 ともあれ、これで正式に伊達の加入が決まりそうだ。これからどうしたものかと悩む俺と、仲間が増えて嬉しそうな姫野を横目に、東雲は満足そうにうなずいた。

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