第7話-CAN部と彩眼竜 ③
「貴様ら十分で戻ると言ったよな、何分過ぎたと思っとるんだ! 時間も守れない駄犬どもが! ――だってよ」
「ははっ! さすがは鬼畜嬢だね」
倒れ伏す男たちを放置できず、保健室まで運び込んだのちに、遅れて部室に戻ったのは昨日のこと。
言い訳も虚しく、有巣に好き放題罵倒された俺たちの話を、新田は今日も菓子パンしかない昼食の肴にでもするように清々しい笑顔で聞いていた。
普段からつるんでいるこの親友もいつの間にかブレザーを脱ぎ捨て、髪色に近いベージュのカーディガンを七部まで引き上げている。
「それにしても強かったな、あの人。やられた先輩たちも喧嘩強そうなかんじだったけど」
「先輩だったのかい?」
「ああ。保健室の先生が二年生だって言ってたからよ」
昨日の先輩方の怪我を思い出しながら、弁当箱をつつく自分の弁当箱をつつく。こんな平和な学校でもあんな暴力沙汰があるものだろうか、と昼休みの穏やかな教室を横目に見ると、新田が問うてきた。
「そういえばさ。どんな人だったんだい? そのアンジェリーナみたいな格闘女子は? ミラジョボビッチばりの美人だったら紹介してくれるとありがたいね!」
「おい。強いって言っただけで、アクション女優とは言ってないぞ」
あいかわらず煩悩全開の友人をジト目で見返して、何気なくその女子生徒を思い出す。確かに顔立ちはよかった気がするが、
「そういえば珍しかったな。黒色の眼帯なんて……」
そう呟くと、新田は口に運ぼうとしていたジャムパンをそのままに、目を見開いた。
「眼帯……? 黒色の?」
「ああ、黒の眼帯。珍しいよな、怪我してるからって言っても、せいぜい白だろ?」
「いや、それはそうなんだけどね。優馬、ほかに特徴はなかったかい? 例えば……銀髪とか」
「そうそう、よくわかったな。というか知ってるのか?」
「いや、知ってるもなにも、二年生で銀髪の黒眼帯ってことは――」
そこまで言うと、新田は宙で止めていたパンを机に置き、神妙な面持ちで座りなおす。
「その人は〈
「サイガンリュウ?」
「そうだ。彩られた眼の竜で彩眼竜」
「有名人なのか?」
改めて聞くと、新田は脇に合ったパックの野菜ジュースに手を伸ばしながら、軽く頷く。そしてどこか愉快そうにささったストローを緩く噛んだ。
「そっかそっか、伊達先輩に会ったのか! それはラッキーだったね、優馬!」
「ラッキーというよりかは、あの人のせいで有巣に怒られたし、アンラッキーだったんだけど。……というかさ、
「もちろん! 伊達冬華のあだ名だよ」
「それは話の流れでわかる」
「そりゃそうか!」
「俺が聞きたいのは、なんでそんな二つ名あるのかって話だ」
この学校の人間は本当にあだ名をつけるの好きだなと、いかにも思春期真っ只中なネーミングに呆れていると、新田は待ってましたと言わんばかりに右瞼を閉じた。
「あの眼帯の下。怪我なんかじゃないんだよ」
「怪我じゃない……?」
「そうだ。あの眼帯の下ってのはさ――」
新田はいかにもなかんじで笑うとそのまま閉じていた瞼を開き、俺の白米に乗った梅干しを指差した。
「真っ紅なんだよ。すんごいね」
――彩眼竜。別名、星砂のオッド・アイ・ドラゴン。
伊達に貼られたそのレッテルは確かに的を得ていた。
まずその苗字と眼帯から連想される独眼竜という言葉。しかし、片目は失われているのではなく、真紅のカラーコンタクトで彩られているため、彩眼竜という名がついたらしい。
暴力沙汰も数えられるほどのトラブルメーカー。しかも戦闘力においては、あの神宮寺千鶴にも匹敵すると言われ、まさにドラゴンの名はうってつけなのであった。
というか千鶴さん、本当にどこでも名前が出てくるんだな……とそれはそれで苦笑う俺をよそに新田は声を高める。
「でも伊達先輩は滅多に学校に来ないから会えるとラッキーで、あの目を見ると良い事があるなんて言われてるよ!」
そして口にためていた物を一息に呑みほすと思い出したように笑う。
「僕も中等部の時にそれを見たいがために、たまたま眼帯を外しているところを直撃して、そのカラコンお綺麗ですね! って言ったんだ。そうしたら首元を拳で貫かれたよ」
「……勇気あるな、おまえ」
「ふふふ。危険を
飛んで火に入る夏の虫の間違いなのではないか。と思うのはさておき、どうやら伊達の起こすトラブルは、新田の件も例にもれず、眼に関わる原因が大半らしい。
「隠すくらいなら、あんな派手なカラコンつけなければいいのにね」
なんて呟く新田の意見も至極もっともだった。
「まあ伊達先輩のことは別としてさ。頑張りなよ! 久々の依頼なんだろ?」
「ああ、ありがとな。どうせ俺は雑用全般だろうけど」
そう。そして昨日の放課後は、もう一つCAN部にとって大きな動きがあった。
東雲の依頼人が訪問してくることが決まったのだ。やっと、今日の放課後に。
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