第5話-CAN部と彩眼竜 ①

「はあぁぁぁぁぁ、重いよおぉぉぉ、そして暑いよぉぉぉぉぉ」

「頑張れ、姫野。あと少しだぞ」


 暦は六月も後半。今日も橙のパーカーを着こなす姫野と二人、ごみ袋をぶらさげて校舎裏を歩く。雨上がりの草木があちこちで鮮やかに映えるが、まだ梅雨という気候が不愉快に肌を蝕んでいた。


「そんな熱いならパーカー脱げばいいだろ」

「だめ! これは乙女の羽衣だから必須の装備品なのー」

「羽衣ね……。随分重そうな羽だな」

「いいの! これ脱いだら翼の折れたエンジェルになっちゃうんだからねっ!」

「大丈夫。みんな翔べないエンジェルだから」

「はっ! まさか優馬くん、あたしを脱がせてあられもない姿に……」

「やめろ、あられもない誤解しか生まれない」


 最近では教員からの掃除依頼が主となっているCAN部にとって、生産性のない話をしながらゴミ捨てのためにこの泥道を歩くのが日課となりつつある。


「そういえばアッキー先生の依頼人、ぜんぜん来ないよね」


 そうだなと返事をしつつ、収集所に袋を放り投げる。あれから一週間経つが東雲からも本人からもアクションはない。おかげで依頼という依頼もなく、毎日このざまだ。


「こうしてる間にもさ、その子は傷ついているのかな?」

「どうだろうな。気になるのか?」

「うん……。アッキー先生が孤独だって言ってたからさ。引きこもったりしてるのかなって。他人事に思えないんだよね」


 姫野は小さく頷く。

 孤独。その一言で姫野はその人と自分を重ねているようだった。


「きっとその子は助けを求めてると思うんだよ。だから手を差し伸べられたらいつでもその手を握れるようにしておきたいんだ。あたしがそうしてもらったようにね」


 照れたように微笑んで、雲の合間から抜け出た光に手をかざす姫野の横顔に頷くと、姫野もにっこり頷き返した。


「じゃあ、ひとまず掃除も終わったし、部室で休憩するか」

「うん! あーちゃんも待ってるだろうし」

「そうだな。有巣にも十分で戻るって言ったし、早く戻って紅茶でも淹れてやるか」

「えー! あーちゃんばっかりずるい! あたしもミルク入りの紅茶――」


 そこまで言いかけて姫野は急にぴたりと足を止める。不思議になって尋ねると、姫野は口に人差し指をあてて俺の言葉をけん制してきた。


「静かに……。優馬くん、なにか聞こえない?」

「なにって?」

「わからないけど……こっち!」


 なにか気づいたように姫野は俺の手を取ると走り出す。


 たどり着いたのはゴミ捨て場から少し距離のある場所。校舎裏のさらに奥まった林だった。

 薄暗い木々の中には恰幅の良い男二人と、その奥におそらく女子が一人。男からは怒号が飛び、ただならぬ雰囲気を醸している。


 それを俺と姫野は木陰から確認した。


「マジかよ、あれって」


 男たちの陰に隠れてはいるが、いかにも華奢な女子相手に、男が二人がかり。


「いじめ……かな」


 声に出た確信と同時に、俺をここまで引いてきた手にきゅっと力が入ったことに気付く。


 振り向くと姫野の矢を射るような眼差し。

 それは普段の柔らかく、曖昧なものとは違う。一つの感情が全身を動かそうとしている明確な決意だった。


「優馬くん……助けたい」


 その言葉の重みに、頭は自然と縦に振れた。


「そうだな。でもこの状況。どうするか……」

「考える暇ないよ。とにかく止めに入らないと」

「でもそれじゃあ姫野になにかあったときに」

「大丈夫。傷つくのを恐れて、自分に嘘をつくのはもう嫌なんだ。それに優馬くんが守ってくれるでしょ?」


 そんな無茶な。

 呆れて笑うが、まんざらでない自分もいる。


 俺も姫野と同じだった。困っている人がいたら放っておけない。じっと堪えて見ていられるほどお利口ではないのだ。


 アイコンタクトして目を戻すと、男が叫び、拳を高く振り上げたのが見えた。

 今しかない。あの拳が女の子に落ちる前に。


 やめろ! そう叫んだ気がする。

 一緒に飛び出した姫野も同じようなことを言ったはずだ。

 しかし、すぐに俺たちは声を失い、その場に立ち尽くした。

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