第50話-ユ涙姫と卒業式③
つまり姫野は今日、この昼会の『青少年少女の主張』に出演し、千鶴さん曰く開き直りを実行する。たぶん今は舞台裏で自分の出番を待っている状況だ。
ちなみに言うと姫野は今日このためだけに学校に来ている。
『朝から学校行ったら、たぶん精神的に昼には死んでると思うから』
と午前中はなんとか有巣を説得して、自称最後の仮病を使った。そんなことで本当に大丈夫なのだろうか。
「優馬ー!! お待たせー!!」
俺が不安な吐息を
バッグでキープしていた有巣の
「それで……どうだった?」
「うん。ひめっちのクラスはほとんどこの会場に来ると思うよ」
「それならよかった。ありがとな」
「なんのなんの。僕もひめっちの件に関しては納得がいかないからね。微力ながらもできることはさせてもらうつもりだよ」
新田にはある程度話をして、姫野が今日の昼会に出るという情報をリークしてもらった。なんたって姫野の言葉を聞いてもらわなければ話にならない。なるべくなら、画面越しではなくこの場所で。
そのため新田には特に姫野のクラスの面々だけでもこの会場に引っ張ってこれないかと相談をしたところ、快く引き受けてくれた。中等部からのムードメーカーで学年全体に顔が精通している新田の影響力は有巣とは違った意味で負けず劣らずといったところだろう。
「それよりも……」
新田は前のめりになって、俺と有巣を目で往復する。
「ありっちゃんと優馬はいつからそんな仲良くなったんだい? それに今回のひめっちの件も大きく絡んでいるみたいだし」
「貴様には関係の無いことだ」
「えー!! そんなこと言わないでよ、ありっちゃん。君と僕の仲じゃないか」
「はて、貴様とは今日が初対面な気がするが……」
「待ってくれ! それが中等部から三年間も同じクラスで過ごした仲間に言うことかい!?」
「えっ!? おまえらってずっと同じクラスだったのか?」
「あれ、言ってなかったっけ? まあ、あれだよ。腐れ縁ってやつさ」
「腐れ……とは理不尽だな。なぜ貴様と腐った縁などで繋がっていなければならん! そんな縁なら今すぐここで切り落せ! さあ、早く!」
有巣が手でハサミの形を作り、ちょっきんちょっきんと見えない糸を切り落としているのを新田が「ひどいや!」とさすがの演劇部といった演技で
俺を挟んでそんな
「いよいよだな……」
横で有巣が呟いた。俺も黙って頷く。
昼会のプログラムは固定だ。副会長のあいさつで始まり、校長、生徒指導、各委員会や部活連の話などが続き、生徒会長の言葉、そして青少年少女の主張コーナーで終える。
今回の目玉はなんと言っても、そのコーナーをかりて行われるモダンロックオーケストラ部のコンサートであり、そのための公開収録だ。
だから生徒会長の話までは
ワイヤレスマイクを真上に傾け、耳をつんざくハウリング音と共に千鶴さんが現れた。
『
同時にあちこちでキャーだの、ワーだの、
『さぁーて、最後に控えているモダロオケ部の演奏を楽しみにしているところ申し訳ないが、ワタシの話を聞いてもらおう! いいかな?』
会場がいったいとなったように「いいともー!」と叫ぶ。これはあれか、今は昼休みだし、裏番組を意識しているのだろうか。それならサングラスが必要だな。
そんなくだらないことを考える俺を
休み気味な生徒が多いから体調管理に気を付けろとか、テストも近く勉強にも
そしてある程度話を終えた後で千鶴さんは急に静まり、小さく問うた。
『では最後になるが……ひとつ皆に聞きたいことがある』
千鶴さんの呼吸に合わせるように会場は静寂に包まれ、
『
唐突な質問に周りからはボソボソと声が出たり、消えたりする。
その様子を見て、千鶴さんは愉快そうに笑った。
『難しいよな。ワタシもわかっているつもりではいるが、よくわからん。だがな、ひとつ心に決めていることがあるんだ。それは――』
なにか格言的な言葉が飛び出すのではないか。そんな期待にかられた
『正しいからこそ、正しいということだ』
千鶴さんは優しくそう言った。
静まり返る会場に良い反応だ、と微笑むと千鶴さんは再び語り出す。
『皆はなにを基準に正しさを判断する? 周りからの評価か。それとも数字で出る結果か。はたまた今いる集団の中で安定した地位を築くための行為か。……ワタシにとってのそれらは全て
千鶴さんは
『正しさを決めるのは法と倫理、そして己の信念と道徳感ではないかと思う。つまりは悪いものは悪い。正しいことは正しい。幼稚園児でもわかることだ。だが、それをワタシたちは
それはいつか有巣が姫野にぶつけたような言葉だった。横で有巣が食い入るように千鶴さんの言葉に耳を傾けている。
『まあワタシたちはそういうものを削り取ながら大人になっていかなければいけないのだから、仕方ないとは思う。だがな、ワタシが唯一許せないのが、正しい行いをした人間が理不尽な扱いを受けるということだ。よくあるだろう。なにも悪くないのに仲間外れにしたり、面白いからという理由だけで人を蔑む。もちろん、される側にも何かしらの原因はあるのだろうが、そこに正義はあるか? これも当然、否だ』
周りで息を飲む音が聞こえる。こんなに真剣に語る神宮寺千鶴は本当に稀にしか見れないのだ。
『だからワタシはそういう人間がいたらなるべく助けてやれるように努める。それはワタシにとっての正義であり、たぶんこの世界における本当に正しい選択だと思うんだ。別に皆にそれを強要したいわけではない。しかし、皆がそうあればこの学園が、そして世の中がもっと良いものになるとは思っている。今日はただそれが言いたかった――以上だ』
一方的に言い切ると千鶴さんはマイクをスタンドに置く。そして深々と一礼をした。
その姿が、にじみ出る
そして、千鶴さんが頭を上げた時、
「――おれも会長のようになります!!」
どこからか声がした。
それに釣られるように「わたしもー!」「さすが会長―!!」「俺もだー!」などと講堂ホールは叫び声と惜しみない拍手に包まれる。
それらの叫びはもしかしたらふざけているだけかもしれない。この空気に便乗しているだけかもしれない。だが、千鶴さんは全てわかっていたように、まるで予知していたかのように不敵に笑ってこう言った。
『さすが、皆はワタシの自慢の学友だ。その言葉、ワタシは信じているぞ!』
そしておもむろにマイクスタンドの高さを自分の定位置より低く調節していく。
『ではこれでワタシの話は終わりだが、まだ昼会は続く。本来ならば次にモダロオケ部の演奏のはずだったんだがな、青少年少女の主張コーナーに初の個人客だ。リン、おいで』
そういうと千鶴さんは舞台の袖に向って手を振る。
『まあ、なんだ。ワタシの話を少し頭の片隅に入れながら、この子の話を聞いてみてくれ』
そう言って生徒会長は自分の仕事を終えて舞台を後にする。そして
「――風は起こしたぞ」
俺にはそう言っていたような気がした。
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