第49話-ユ涙姫と卒業式②
日付を二つ巻き戻した、土曜日。CAN部室。
「千鶴さん。昼会の青少年少女の主張コーナーは使えませんか?」
提案したのは俺だった。
有巣、千鶴さん、そして姫野の
「仮に、ですけど。千鶴さんの開き直るって方向で話を進めると、不特定多数の人間に正当性を持った行為として話を聞かせることができるとしたら、それしかないと思うんです。政治家の街頭演説みたいに無視されて素通りされることもないし、あくまで聞く側にも立場を求めているので……」
それで浮かんだのが例のコーナーだった。生徒会長である神宮司千鶴が面白半分で作った昼会プログラム。全校生徒を対象にはしているが、個人目的で登場する人間は見たことがない。今や名ばかりの部活紹介タイムだ。
さすがに突拍子も無かっただろうか。有巣と千鶴さんは唇を引き結び、姫野は詳しい内容を話す前から、すでに涙目だった。顔に太字で無理だと書いてある。
「やっぱり馬鹿げてますよね」
俺が言いかけた時、有巣は引き結んでいた唇をやんわり開いて独りごちる。
「そこで凛の率直な想いと島崎の
千鶴さんも顎に手を添えて肯く。
「確かに合理的だ。シチュエーションとしても申し分ないし、やり方によってはかなり現状が変わるんじゃないか。それで優馬、実行するのであればいつが良いと思う?」
「え……。まあもし、本当にやるのであれば……俺的にはすぐ来週。つまりは明後日が良いと思うんですけど。早いに越したことは無いですし」
「うむ、納得だ。ワタシも情報が
千鶴さんはふうと一息挟んで面を上げた。
「全プログラムの最後。本来ならばそのコーナーにモダンロックオーケストラ部の演奏が予定されている。そのために来週だけは講堂ホールを貸し切っての公開収録を企画しているんだ」
「公開収録……?」
姫野がびくりと肩を震わせる。
「うむ。もちろんかなりの生徒が集まる。ただでさえ異例の状況に加えて、このプレッシャーだ。それにリン自身が耐えられるか?」
全員がソファーに縮こまった姫野に向く。
姫野はうつむけていた顔をがばっと持ち上げると大きく腕を横に振った。
「いや、いやいやいや、それはさすがに無理だって」
半分ふざけたように拒否する姫野を有巣は強い口調で言い返す。
「できないと決めつけるな」
「そんなこと言っても、絶対に笑われるだけだし……馬鹿にされるだけだし……」
「やってみなきゃ、わからないだろうが」
「無理だよ。そんなのやらなくたって、わか――痛っ!」
再び
いつの間に作っていたのだろうか。離陸地点では千鶴さんが姫野の瞳を打ち抜くように見つめていた。それは俺も有巣も浴びたことのある、圧倒的カリスマ、神宮寺千鶴の
思わず
「これはワタシの主観だが、紙飛行機が飛ぶために必要なことは大きく三つあると思う」
そして指折りしながら諭す。
「一つは形、当然だな。次に二つめは風を支配する技術。そして最後が……飛ばす力だ。飛ばしてみて初めて形の悪さや風を掴めるかに気付く。つまり飛ばさないとなにも始まらないんだ。賢いリンならワタシの言いたいことがわかるよな」
とにかく飛んでみろ。ごく単純で決定的なことだ。
すがるような目を向ける姫野に千鶴さんは
「そんなおっかない顔をしなくたって大丈夫だよ。それにリンはワタシが本当にできないことや、やっても無意味なことを無理矢理やらせると思っているのか? 当然、それは
有巣も姫野に向いて大きく肯いた。
「あとワタシにはわかるんだ。凛、君には風を掴む力がもともと備わっている。それに――風はワタシが起こしてやる」
風を掴む力。それが意図するところは俺にはよくわからなかったけれど、千鶴さんの言葉はやはり安心感があって、説得力があって、本当にやってしまえそうな気がする。有巣も尊敬の眼差しを送っていた。
そして千鶴さんは言い切るような顔で大きく親指を立てる。
「なんたってリンの抱き心地がそう言っている! だから心配することはないぞ! はっはっは!」
おい、なんてこった。それじゃあ――
「台無しだっ!」「理不尽ですっ!」「やっぱ無理っ!」
千鶴さんがせっかく作りだした良い空気を自分でぶち壊したことに気付かず不思議な顔をしている横で話は再びふりだしへ。
だが、このすぐ数分後に姫野は有巣によって説得される。
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