第46話-信念と正さとネバー・ギブ・アップ⑨

「――もうこんな時間か」


 差し込む光はすっかり夕日の橙。姫野が決意してからは実行に移すための作戦会議をして、延々と他愛の無い話をした。


 姫野が不登校だった一年をどのように過ごしたかとか。親には本当に申し訳ないことをしたとか。やっぱり島崎は中学時代の姫野のクラスメイトだったようだ。しかも姫野が救おうとした子をいじめていた連中の一人でもあった。


 それに応えるように有巣自身も学校や人間関係があまり得意ではないと打ち明け、二人は微妙な共通点で分かり合ったりもしていた。


 この二人は正反対のようで、実は似た者同士なのかもしれない。

 一通り話し終えたところで、有巣が思い出したように姫野に言い寄る。


「凛。もし全てが上手くいったと判断できた時には貴様から報酬をもらう」

「報酬……?」

「ああ。CAN部としての報酬だ。ただしてやるというのはどうも理不尽な気がする。そこは依頼者とのギブ・アンド・テイクであるべきだと思うのだ」


 有巣麗奈、どこまでも律儀なやつ。


「それで姫野になにを要求するってんだ?」


 俺が聞くと有巣は頬を赤らめて口ごもる。あの有巣の要求だ。いったいどんなものだろう。姫野も少し不安そうに身構えている。


「凛に対する報酬なんだが……、その……あの……ほら、前言っただろ。一緒に行くって」


 姫野は小首を傾げる。


「だから、そのプリ、プリ――」

「プリクラ?」

「そう、それだ! みんなで……行こう。それが報酬だ」

「そんなの報酬じゃなくてもいいのに。もしかして有巣さん、楽しみにしてたの!?」

「べっ、別に楽しみにしていたわけではないけどな」


 有巣が腕を組んでそっぽを向くと、千鶴さんがわざと聞こえるくらいの声で、


「そういえばレナが先日、わくわくした顔でプリクラ機のことを聞いて来たな。あの時のレナといったら子どものようにはしゃいで、それはそれは可愛い――」

「姉様っ!」


 姫野はぷふっ、と噴き出す。


「それがあまりにも可愛かったから、親心でウサギの着ぐるみ風の部屋着をプレゼントして着せたんだが、なかなか似合ってな! ユーマとリンにも見せてやったらどうだ?」

「そ、それはっ……ね、姉様、お願いなので黙ってていただけませ――」

「えー! いいなぁ。有巣さん見せてよー! 絶対可愛いんだろうなぁ」

「よし。じゃあ今度、リンにもお揃いで買ってやろう!」

「やったぁ! ちづ姉、ありがとっ!」


 そういうことか。あれは有巣のセンスではなかったらしい。


 有巣を完全に放置して和気藹々わきあいあいと話す二人を脇目に当の本人は耳筋まで完全に茹で上げて、ぷるぷるとスカートの裾を握りしめている。

 そして行き場のない怒りの視線をなぜか俺にぶつける。いや俺に矛先を向けるな。なんて獰猛どうもうなウサギさんだろうか。


 有巣はなにか言いたげだったが、ぐっと堪えて話を逸らし、


「き、今日はもうこれで解散にしよう。それとすっかり忘れていたが、凛、風邪はどうなんだ? その調子なら治っていそうだが……」


 自ら起爆サインを出した。

 姫野がきょかれたように、びくっと肩越しに振り返る。

 適当に誤魔化せばいいのに。姫野もこんなに自分を大切にしてくれる有巣に悪いと思ったのか、ちゃんと事実を説明し、


「仮、病……? 嘘? わたしがどれだけ心配して……」


 有巣の眉間には青筋あおすじが立ち、後背うしろぜにはなにか黒い炎めいたものが立ちめいている。沸点ぎりぎりだった怒りゲージは完全にメーターをぶち抜いたようだった。


「ふっざけんなぁぁぁぁ、理不尽だぁぁぁぁぁ!!」


 有巣がぶち切れ、姫野が涙をこぼし、俺は呆れて、千鶴さんが爆笑する。

 なんだかんだで最後はこんな感じなのだ。

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