第44話-信念と正さとネバー・ギブ・アップ⑦
「――とは言ってもどうしたものか……」
「やっぱりあたしには無理なんだよ……」
「凛、諦めるな! それだけは許さん!」
いざ向き合ってみて、俺達は改めて事の困難さに直面していた。
そこらの喧嘩みたいに該当する数人を仲直りさせればいいとかではなく、姫野に対する不特定多数の人間の意識や扱いを変えないといけない。それもほぼ学校規模で。たった島崎一人を
いろいろと打開策を考えてみるが、どれも現実味や有意性に欠ける。それこそ超能力者とか催眠術師とかが必要なんじゃないかと思うくらいだ。
三人揃って頭を抱えていると、やたら大きく飴を噛み砕く音が聞こえる。音の発信言である千鶴さんの口元がにっこり笑っていた。
「なんですか姉様。やけに楽しそうですね」
「いや、なんかいいな……と思ってな。こういうのを青春って言うんだろうな。ふふ」
「ふふ。じゃありません! なに
千鶴さんはすっとぼけたように二本目の飴の包みを
「おまえたちこそ、なにをそんなに悩んでいるんだ。もっとシンプルに考えて良いと思うぞ」
「シンプルにいかないから困っているのではありませ――」
千鶴さんは立ち上がるとキャンディーを有巣の口に放り込む。
有巣はうぐっ、と口を閉じた。
「回りくどい方法をとるなんてレナらしくない。糖分が足りていない証拠だな」
愉快に笑うと千鶴さんの目が姫野を捉える。
「まあ助言というに及ぶかはわからないが、ここはひとつワタシの意見を言おう」
千鶴さんはデスクに寄り掛かると腕を組んで優しく微笑む。
「簡単なことだよ。なにも間違ってないのだから堂々としていればいいんだ。回りくどいことをして苦労を重ねるのではなく、正直にいればいい。そして
そして大きく両手を広げた。
「ワタシを見ろ。どんな
性癖についてはまた少し違う気がする。有巣は呆れ気味で姫野も苦笑いだった。
「この現状が劇的に変わることはないかもしれないが、麗奈や優馬のように理解者は出てくるはずだ。それに吐き出してしまえば、なるようにしかならない。だから隠すことや怯えることもない。黙って陰口を叩かれるよりは気が楽だぞ」
そしてキメ顔でこう言った。
「つまりは開き直るんだ。これがワタシだ、どうだすごいだろ! ってな。そして、そういうふうにあってもいいじゃないかと認めさせるんだ」
いい加減に聞こえはするが、千鶴さんが言うことも一理ある。というよりも、むしろ核心をついている気がした。
姫野が不登校だったことや浪人したことは全て真実だ。それを塗り替えようとか、ひた隠しにするのは今まで姫野自身がやっていたことと変わらないし、姫野の立場自体を変えるってのも違う。大事なことはありのままの姫野を周りに受け入れさせることなのだ。
「じゃあ、もしも千鶴さんだったらどうしますか?」
俺が尋ねると千鶴さんはふむと顎に手を添えた。
「例えば……朝、校門の前で登校する生徒にむかって、訴えかけるってのはどうだ? 過去にこんな事があって、これからはこうしていきたいから、みなさん――」
「それ……本気で言ってるんですか?」
「もちろん! リン、試してみないか?」
姫野は必死の
「確かに姉様の言う通りかもしれん。朝の校門か……いいな!」
「おいそこ、納得するな。それじゃあ、駅前演説の政治家みたいじゃないか。まるであの時の有巣――」
ふと思い出す。
そういえば同じような場面が以前にもあった。それは有巣が俺に告白しただの、フラれただので変な誤解を招いた時。あの時、有巣はクラスの不特定多数に対して自分の主張を通した。そう、認めさせたんだ。その後、俺と有巣に関する噂話は一切聞かない。
俺は考える。それと同じようなことができないか……と。
いや、無理だろ。答えはすぐに出て、思わず苦笑いがこぼれた。
そもそもあれは有巣だからできたことだし、半ば強制的に認めさせたんだ。普通だったら完全無視だろう。
『できないと決めつけていいのか? 諦めていいのか?』
横で寂しそうな顔を向ける姫野が目に入る。
確かに現状を遠回りにノーリスクでどうにかしようだなんてほぼ不可能だ。ならば千鶴さんの言う通り開き直るのが一番手っ取り早い。でも誰に対して。どうやって。
『考えろ。思考を凝らせばどこかにヒントはある』
ちゃんとみんなに伝わるように、あくまで合理的に。有巣のようにアウトローではいけない。その行為自体に正当性を持たせなければならないんだ。
姫野の正直な想いと努力を、有巣のようにはっきりと伝えられる環境。そして千鶴さんのように心に響くような、少しでも姫野のこの状況に変化をもたらせるような……。
千鶴さんの小豆色の澄んだ瞳が俺とぶつかった。どんな人間でも
「あ……あった」
思わず声に出た。三人が不思議そうに俺を覗きこむ。
「優馬、なにか良い案が浮かんだのか?」
「あ、いや、思いついたといえば思いついたんだけど……」
俺は口ごもる。一応アイデアとしては浮かんだ。しかし、考えた俺自身ぶっ飛んだ内容だと思う。自分だったらそんなことはできないし精神力が持たない。それを姫野にやらせようだなんて、いくら他人事と言えど、あまりにも無責任な気がした。
「言ってみろ」と有巣の視線が真剣に俺に刺さる。
『――考えたら、あとは行動するだけだ』
俺はとりあえず一つの案として、と前置いて話し始める。
まさか、それが実行されるなんて思いもせずに。
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