第40話-信念と正さとネバー・ギブ・アップ③

 それからは昨日の話になり、俺は千鶴さんに全て話してしまったことを怒られた。


「姉様はお忙しい方だから、あまり世話をかけさせたくない。それに姉様はそういうのを放っておけない性格だから、必ず手伝ってくれてしまう」


 それが有巣の言い分だった。

 結局、千鶴さんは俺と話した後、ソファーに突っ伏す有巣を俺と同じように可愛がり「とりあえず任せろ!」と親指を立てたらしい。


「あれで姉様も、やることなすこと滅茶苦茶だからな……」


 そこはお互い様だろ。俺は口に出さないまま紅茶をすする。

 そして千鶴さんから十時に部室に集合しろと指示されたらしい。もちろん有巣の返事なんかお構いなしの命令だ。


「なんか千鶴さんと有巣って(特に強引な所が)似てるよな」

「そうか? それは素直に喜ぶべきだろうか。だが、わたしはまだ姉様には遠く及ばない気が……」


 謙遜けんそんするような、でも少し嬉しいような顔で有巣は考える。似てると言っただけで、褒めてないんだけどな。でも有巣にとっての千鶴さんは、それだけ大きな存在なのだろう。有巣はなんだかんだ嬉しそうに鼻歌を歌いながら窓を開ける。


 全面窓を開け放つと、ただでさえ開放的なこの空間はバルコニーのような心地良さだ。正面には芝が広がり、むこうにはこの学園の中心と位置付けられている噴水が見える。


「じゃあ俺達はとりあえず、ここで待てばいいのか?」

「ああ、そうだ」


 俺も窓際で呆然と佇みながら柔らかい日差しを浴びる。もうすぐ約束の十時だ。

 どこかで芝でも刈っているのだろうか。遠くからモーター音が聞こえ、校舎の方からは金管楽器の音色が響く。まさに休日の学校。


 なんてのどかなんだろう。姫野のことさえなければ、心はもっと穏やかだろうに。

 隣の有巣もそんな顔をしていた。


 ――ブーン、ウォワゥオン。


 すると芝刈り機の音が急に耳障みみざわりに近くなり、加えてドドドド、と低音が入り混じる。

 ん……? この音は芝刈り機というより……。


 ――ドゥワウオォォォォン!!


 次の瞬間。俺達の前を一台のスポーツバイクが通過した。

 安息漂う芝の上を、白をベースとしたトリコロール柄の引き締まった単車が、かなりの早さで駆け抜ける。


 俺は唖然とそれを見送り、有巣は呆れたように眉間みけんを押さえた。


 一度遠くなったエンジン音はすぐに近くなり、俺たちの目の前で後輪を滑らせながら急停車した。バイクには二人乗っていて、運転手がサイドスタンドを立て、ヘルメットを外す。ばさっと束ねていた緋色ひいろの髪が光の中ではじけた。


 ぼん、きゅっ、ぼんの身体にぴったり合ったライダースーツがやけに艶めかしい。ふじ子ちゃんみたいだ。


「やあやあ、おはよう! 千鶴お姉さんの登場だ!」


 自分でド派手な登場を飾ってくれた千鶴さんが満面の笑みでそこにいる。

 そして後ろで座っているやつは、千鶴さんの腰を必死で掴み、首はすわっていない赤ん坊のように脱力していた。ヘルメット越しでも放心状態なのがわかる。


 千鶴さんはバイクを降りると「おい、しっかりしろ!」と、そいつの脇を抱きかかえて地面に降ろした。だがそいつは生まれたての小鹿のようにヘタリとしゃがみこむ。


「死ぬがど……思っだ」


 聞き覚えのある声がする。

 てろんとしただらしないソックスも、制服から飛び出るオレンジのパーカーも、全部見覚えがある。唯一違うとこといえば、バイク仕立てでスカートの下にジャージのズボンを着ていることくらいだろう。


 有巣は「姉様、芝の上は走行禁止です」というと、地面でへたり込むそいつのヘルメットのストッパーを外し、頭を引き抜いた。


 中から出てきたのは、やっぱり……白目をむいた姫野だった。


 あとこれは後から聞いた話だが、申請さえ出せば学園内の運転は可能で、大型バイクの免許を持っている千鶴さんは、時より学校をサーキット代わりにしているらしい。

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