第39話-信念と正さとネバー・ギブ・アップ②

 午前九時、学校への坂、だいたい中腹。土曜の空はすっきり晴れていた。

 休みだというのにこの坂を上る生徒はまばらだが多く、運動部はすでに坂道ダッシュという我が校自慢の長い坂を存分に活かした苦行に取り組んでいる。


 その中には青地に黄色のラインが入ったユニフォームのサッカー部もいるわけだが……俺には関係ない。俺が目指しているのは運動とは縁もゆかりもない研究棟の一番奥。有巣の自宅兼CAN部の部室だった。


 習慣のせいだろうか。平日ほど早くはないが、七時には起きてしまった。

 妹達と夜勤明けの母のために簡単な朝食を作り、洗濯物を済ませ、風呂掃除も完璧だ。けれども時間が余る。することが無くなった俺は自然と学校へ向かっていた。


 今日はゆっくり歩いて行こう。これで早く着いてもどうせ有巣がいるのだから問題ない。

 それが迂闊うかつだった。

 部室の前についた俺はためらいなく扉を開く。するとそこにいたのは、


「はにゃ……?」


 寝ぼけ面で口に歯ブラシを突っ込んだ――、


「黒……うさぎ?」


 へたっとやる気のない耳に、ぼてっとした黒の全身毛皮。胸元はそこそこつつましく、身体のラインに合わせてある。顔だけは……有巣。つまりは着ぐるみだ。

 俺は思わず息を呑む。焦りとかではない、恐ろしいほど似合っているんだ。


 うさぎは数秒その場に立ち尽くしたあと、火が出そうなほど顔を真っ赤にして、瞬時に隣の自室へと逃げて行った。


 俺もしばらく呆然とした後、平常心をつくろいながらいつも通り二人分の紅茶をれる。

 隣の部屋の壁がばんばん鳴り、悲鳴やら呻き声やらが聞こえ……いや、やっぱり聞こえない。俺はなにも聞いてない。なにも見ていない。そうだ、うん。


 だいたい十分弱くらいだろうか、有巣がプライベートルームから出てくる。

 髪も綺麗にまとまって、しっかり制服を着こんでいた。


「おはよう。早いではないか」


 まるでさっきのことが綺麗さっぱり無かったかのように、有巣は真顔まがおでそう言った。

 だから俺もいつも通りに返事をする。


「おはよう有巣。紅茶飲むか? 角砂糖四個入りだ」

「…………飲む」


 ちゃぽんちゃぽん、と有巣が追加で二個の砂糖を入れたことも俺は気にしない。

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