第26話-文芸部と抱えていた爆弾②
文芸部は教室の三分の一くらいの大きさで中央に机を四つ固めた典型的な文化部の間取り図。長身男の他には眼鏡男子が一人。一番奥の机でパソコンに向かっている。
その彼に一礼をして俺達は入り口付近で立ち止まった。
「悪いね。客人をもてなすような造りにはなっていないんだ」
「あ、いや、お気遣いなく」
「僕は二年E組、
爽やかに微笑みながら島崎は続ける。
「三年はいなくてね。二年生は今はいないが、僕の他にもう一人。今年の新入部員は彼一人でぎりぎり三人。残念ながら今年度は同好会に降格となった」
「そうですか……。もう少し人数がいるものだと思っていたのですが」
「同じような層は去年できたラノベ部にみんな持っていかれてしまったよ。高校生くらいだと、あっちの方が魅力的だろうしね」
そういうと島崎は有巣に右手を伸ばす。
「しかし、君らも三人なのだろう。お互い弱小同好会同士頑張ろうじゃないか」
にっこりとほほ笑む島崎。有巣との身長差は結構なものだ。
対する有巣は出された握手を拒否するように、威圧的な目を向けると、
「お言葉ですが島崎先輩。わたし達は人数は少なくとも弱小ではありません」
はっきりもの申した。おかげで若干空気が
そこはそうですね、からの握手で良かったじゃないか。なぜ食らい付く。有巣が鬼畜嬢と呼ばれる決定的な要因を
それを受けた島崎は口端を吊り上げて苦笑いを溢す。というよりも苦笑いを作りだしていると表現した方が的確なくらい
普段にこにこしている人間ほど恐いと言うが、この人はそれにあてはまりそうだ。
交戦的な目を向ける有巣を横に俺は言葉を
「あ、有巣。とりあえず自己紹介くらいしたらどうだ」
「ふむ、それもそうだ。申し遅れ失礼しました。CAN部部長の有巣麗奈と申します」
引きつっていた口をぎこちなく柔らげて、細い目を開く島崎。
「うん。君は有名だから知っているよ。君がどこに入部するのかは二年生の間でも話題になってね。結局自分で部活を作っていたとは」
「光栄です」と心ない返答をした有巣に
「あ、俺は武者小路優馬です。よろしくお願いします」
「よろしくね。
「ああ、はい……」
いきなり略された。
そして島崎の目線が姫野に辿り着く。
姫野は無反応のまま、ただでさえ隠していた体をさらに俺に被せて、すっぽりと背中に隠れこんだ。か細い指で力強く握り締めているのがわかる。
「あ、えっと、こいつは――」
姫野の言っていたことを思い出す。
「――ヒ、ヒメって言います。すみません、こいつ極度の人見知りで……」
我ながら悪くないアドリブだったと思う。姫野の
有巣は姫野の態度に
島崎は
「橙色のパーカーにヒメ……。そうか、君がユ涙姫ちゃんなんだね! よろしく」
穏やかに微笑む。
「噂では元気で天然っ子って聞いてたんだけど、人見知りしちゃうのかな。小動物みたいで可愛いね」
やたらと甘い声を出す優しいお兄さん調の島崎は少し俺の苦手なタイプな気がした。
「噂の一年美女二人に会えるなんて今日はツイてる。一緒に活動している君が
うん。こういう発言する人は特に苦手なやつだ。理由はないけどいけすかない。
そう言って、俺を皮肉に睨み付けると島崎は再び有巣に向き直った。
「ところで今日はどういった用で来てくれたのかな?」
やっと本題に入る。有巣のせいで空気も緊張しているし、姫野も妙だから早く用件を済ませて帰りたい。
有巣は一瞬ほど
「小説を書くための指南書と、もしあればBL小説を貸していただきたいと思っています」
「……は? BL小説? 君みたいな子がそういうものに興味があったとは……」
戸惑ったように、しげしげと有巣を見つめる島崎。その気持ちはわからなくない。
「わ、わたしではありません。そのような依頼が、あったのです」
「依頼?」
島崎は再び疑問符をあげる。ちなみに俺もお初に耳にかかる。
「どういうことだい?」
有巣は一息いれると、堂々と説明を始めた。
「CAN部は生徒支援型の部活で、名前の通り依頼主のできるようになりたいことや、やりたいことを応援、助力する部活なのです」
それは表向きの、だよな。
「そしてこの度、BL小説を書けるようになりたいという依頼がきましたので、わたし達自身の勉強も兼ねて、文芸部に資料を借りにきました」
ほほう。嘘も方便だな。自分達がやっていることが大義名分に
有巣はこちらを見るとドヤ顔をかました。いや、おまえそんな誇れる事してないぞ。
ん、待てよ……。俺は小声でたずねる。
「おい有巣、嘘が嫌いじゃなかったのか?」
「わたしがわたしに依頼したのだ。道理は通っている」
「なんと理不尽な……」
滅茶苦茶すぎて
そんなやり取りをこそこそとしていると、島崎が口元を手で押えながら、小刻みに震えていることに気付いた。
「島崎さん、どうしたんで――」
「……ふふっ。ははっ、あははっ! どうしたんでって、武者くん、ふふはっ!」
人を馬鹿にするように甲高く笑いだした島崎に、誇らしげだった有巣の顔が
「なにか可笑しいですか?」
鋭い睨みが有巣の視点からはるかに
「そりやぁねえ! ははっ……。あの名高い有巣麗奈が他人様のための部活作って、腐女子の手伝いなんかしてるんだから意外でさ。ふはは!」
わからなくはない……。わからなくはないのだが、その言い方はどうだろうか。
まるでさっき握手を拒否された事に対して仕返しをしているような、有巣に怨みでもあるような、嫌味な島崎に俺も
空気は余計に重くなった。背中の姫野は俺のブレザー握る手をより強くし、奥で座っていた眼鏡君も不安げにこちらを見つめている。
俺だってこれだけ不快感を覚える島崎の
「我慢ならん」
と呟いた。髪を払い島崎の前に歩み出る。
まずい、ちょっと沸点が低いんじゃないか。
「お、おい、有巣?」
「…………」
駄目だ、反応がない。すでに有巣は臨戦体勢に入っていた。
「島崎先輩。本を借りる件はもういいので、最後に一つ質問させてください」
いつまでもくすくすと笑っている島崎は手でどうぞ、と
「今先ほど先輩が言ったフジョシとは、漢字で表記すると、どう書くのですか?」
そうだ。千鶴さんに教えてもらったこと。有巣に対して腐女子はNGワードだった。
そんなことは知る由もない島崎は再び高々と笑い出し、
「そんなの腐った女子と書くに決まっているじゃないか!」
と小馬鹿にしたように有巣を見下す。
たぶん、いや、間違いなくこの瞬間にスイッチが入った。有巣は震わしていた拳を強く握りしめて、舌打ちを放つ。
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