第24話-ユ涙姫と副部長②

「それでだ。今日の活動なんだが――」


 要件を終えて、一息ついた有巣が次の説明を始める。


「文芸部に行く!」

「「文芸部?」」


 俺達の疑問符を無視して矢継やつばやに話は進む。


「やはり小説を書く上で指南書のようなものがあると便利だからな。借りに行くついでに見学する」


 そして声をひそめた。


「BLモノがあると……、なお良し」


 顔をわずかに赤らめ、毛先をもてあそぶ有巣に対して、姫野が苦笑いで突き返した。


「それってあたし達も一緒に行く必要あるのかな」

「全くないだろ。だから有巣、一人で行って――あ、はい行きます。行くって」


 言わんとしたことを察知したのか、吊り目になった有巣が口をつんとすぼめる。


「わたしが一人でそんなところ行ったら、キャラ的に可笑しいだろうが!」


 人差し指を真っ直ぐ突き立てた有巣は、その身振りと相反あいはんして声が小さい。

 気持ちはわからなくないが、今から資料を貸していただこうという方々に対して、そんなところ呼ばわりはないだろ。


「とにかくアポも取ったし、どうせわたし達だってやることがなくて暇しているのだから行く! 部長命令だ!」


 最終的には権力行使で拒否権を切り捨てた。

 というか、やることないの認めるなよ。悲しくなるだろ。

 CAN部の記念すべき第一回目の活動は完全に有巣の趣味に付き合う回になりそうだ。


「素直に一人で行くのが恥ずかしいから、一緒に来てほしいって言えばいいのに」

「ううううぅ……」


 俺がそういうと有巣は一段と顔を赤くして唸っていた。これ以上は目を合わせるのやめよう。肉食獣に食われる。


 ………………。


 そういえば部屋がやけに静かになったのは気のせいだろうか。それとも有巣の機嫌に空気が同調したのだろうか。


 俺が異変を感じて横を見ると、先ほどまで軽快に弾ませていたバランスボールを制止させた姫野が、こめかみの辺りで小さく手を挙げていた。どうやら静かになったのはバランスボールを床に打ち付ける音がいつの間にか無くなったかららしい。


「なんだ、雌鳥」


 有巣が見るからに不機嫌な顔で問う。


「あ、あのー……ですねぇ、えーっと」

「はっきり言え」


 有巣の威圧にびくりと肩を震わした姫野は、挙げていた手を少し下げると、歯切れ悪くまごついた。


「あたし、……には……ないなぁ」


 あまりに小声で全く聞き取れない。それは有巣も同じだったらしく、より強い口調で姫野を威圧する。


「はっきり言えと言ってるんだが」


 俯いた姫野は誰とも目を合わせないように呟く。


「……文芸部には行きたくないです」

「「は?」」


 俺と有巣の反応にまたもびくついた姫野は、次は普段通りの口調で、


「ちょっと文芸部は苦手でねぇー」


 と、へらっとした苦笑いを浮かべた。


「おい、副部長。貴様さっき、なんでもできるような気がするとか言ってなかったか」


 有巣に足もとをすくわれ、片足立ちのように不安定な目線で俺に救難信号を出す姫野。


「そもそも文芸部のなにが苦手なんだ? むしろ文芸部に苦手ってあるのか?」

「そういうのじゃなくって……」


 ふらふらと目を泳がせていた姫野は急に真剣な顔をすると、さも正論を述べるかのように語り出した。


「というか、あたし文芸ってのがあんまり好きじゃないんだよね! 文で芸って……、そもそも文は書かれるものであって、芸をするものではなくて――」


 意味のわからない言い訳を始めた姫野は、有巣と俺の顔色を順繰じゅんぐりにうかがうと、徐々に勢いを落していき、しまいには黙りこくってしまった。これは救いようがないだろ。


「言い訳は終わったか?」


 ひくひくと口角を震わした有巣が姫野の前に立つ。すでに姫野には涙がたまっていた。


「貴様の言い訳には道理が通っていないどころか、まるで意味不明だ。理不尽どころの話ではないな」


 ごくり、と生唾を飲む音がする。


「それにわたしは嘘つきは理不尽なのと同じくらい大嫌いだ。なんでもできると言っておきながら、一発目からこれか? ふざけるなよ」


 有巣さん。その目は恐いっす。


「強制連行!」


 そう叫ぶと、有巣は姫野の二の腕を掴んで部室を飛び出した。

 姫野の悲鳴は……聞こえなかったことにしよう。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る