第21話-妹と高校生活①

 家路についたのは、午後十時だった。

 帰りに寄ったバイト先のスーパーが人手不足だったらしく、そのまま臨時出勤。稼げることは歓迎だが、若干の疲れはある。


 身体的な疲労のせいか、もしくは学校での出来事のせいか。普段よりもぼんやりとした頭で自転車をこぐ。


 すると、あっという間にすすけた林に隣接した古臭い木造平屋が見えてきた。これが俺達の新居だ。古臭いのに新居とは矛盾しているが、この家に住み始めたのがこの春の話だから新居で間違いない。


 だが新居と言っても以前から何度も来たことがあるので違和感はなく、馴れた手つきでびた門を開け、縁側の横に自転車を止める。

 その音に気付いてか、明かりと共に玄関から、パジャマにエプロンを着重ねた少女が出てきた。


「やっぱり! ゆうちゃんお帰りなさいです。そろそろだと思ってご飯温めましたよ!」


 俺より十センチ程小さく、ポニーテールと黒縁のメガネという、どことなく文学系を装った少女は緩やかに微笑む。


 武者小路ゆい。やはり愛しい妹のお出迎えは何よりの幸せだった。そして、そんな妹を笑顔にする兄はきっと素敵なお兄ちゃんなのだ。


 そう無言で頷き、俺は自転車のカゴからおもむろに惣菜そうざい袋を取り出すと、唯にドヤ顔で見せつけた。


「はっ! ゆうちゃんそれはまさか……」

「売れ残りのお惣菜。しかも燻製くんせいソーセージとチーズささみだ!」

「に、にに、肉……」


 穏やかに微笑んでいた笑顔はみるみるうちに着つぶしたセーターのようにだらしなくなっていく。口元からはよだれが滴り、はあはあと息を弾ませていた。


 そして「肉ぅ――――!!」と叫んだと思ったら、俺の手から惣菜袋をかっさらって、リビングに帰って行った。


 いつのまにかエプロン姿が似合うようになった唯は中学三年生。温厚冷静。この家一番のしっかり者なのだが、肉を見ると覚醒するという発動条件の単純なスキルを所持している。きっと、ちょっとだけ食欲が旺盛おうせいなだけだ。


「あっはぁーん、愛しいソーセージちゃん」


 惣菜を大皿に取り分けている唯を横目に昔ながらの掘りごたつに座る。

 それちょっと卑猥ひわいな響きがするから、お兄ちゃん的には他所よそでは絶対にやめてほしいな。


「そういえば妹たちマイ・エンジェルズは?」

「二人共もうとっくに寝ましたよ。残念でしたね、可愛いツインズに会えなくて」

「まったくだよ。妹成分足りなくて飢餓きがしそうだ」

「はー……。二人に彼氏ができたらどうするんですかね」

「そんなのお兄ちゃんは認めません。もちろん唯にだって認めません」

「はいはい。妹想いのお兄ちゃんを持って、ゆいたちは幸せですよーだ」


 武者小路家は四人兄妹だ。唯の下には今年小学一年生の双子がいる。二人のランドセル姿を見るのはお兄ちゃんの毎朝の楽しみでもある。


「ちなみに今日は豆腐ハンバーグと八百屋さんに分けてもらった売り物にならない野菜たちの残念サラダです。お肉が無かったから、お惣菜はとっても嬉しいのです」


 気の利く長女は肉が無いぶん、植物性たんぱく質を有効に活用できるようになっている。


 母親が昼夜仕事で不在している武者小路家の食事は最近まで俺が作っていた。しかし俺自身がバイトを始めた今、その仕事は唯のものになりつつある。手間を押し付けるのは苦しいが、毎日愛しい妹に手料理をふるまわれるのは幸せなことだ。


「もうご飯用意できるので、手洗いとパパさんへの挨拶すませておいてくださいね」


 了解、と台所の唯に一言かけると、この家で一番立派な和室の仏壇に手を合わせる。

 武者小路家の先人たちの遺影の中、明らかに画質の良いカラー写真が一枚。どう考えたって空気読めていないピースサインを堂々と真顔の先代達に並んでいた。


 まあ死んじまった今じゃ、空気読むどころか吸うこともできないんだけどな。

 武者小路優作ゆうさく。親父が満面の笑みで俺の帰宅を喜んでいた。

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