第19話-CAN部と千鶴の一声②

「――よし。さっき言った通り、これで書類は通しておく。顧問も上手く調整しておくから、おまえたちは部活動届に保護者の印鑑をもらっておいてくれ」


 神宮寺会長は上座にある指定席に腰を下ろし、提出した用紙に印を押す。そして部活動認定用紙を差し出すと、受け取る有巣にるような視線を向けた。


「レナ。これがなんのための部活だか、しっかり考えて行動しろよ。もちろんただ悪戯に時間を浪費するだけではいけない。これはおまえ自身が変わるチャンスでもあるんだ」


 これが真剣な会長なのだろうか。他を圧倒するような眼差しの中にある鋭さはこの学校の絶対王者としての片鱗へんりんを感じる。


 それを一思いに向けられた有巣はどこか思い詰めたように目を伏せて頷いた。そのやりとりには二人にしかわからないような空気が漂っている。


「まあいい。とりあえず例の件は承った。ワタシも非常に楽しみだぞ!」


 そう言って俺と姫野を目で往復させ、立ち上がると「よろしく」と一言放って活動認可を締めくくった。神宮寺千鶴は生粋きっすいの変人ではあるが、良い人のようである。


 そんな最後まで笑顔を絶やさない会長に一礼して、俺たちは生徒会室を後にしようと――正確には右足は出た。


 そして左足を廊下に出したその時、真後ろに重力があるかのようにぐっと引っ張られる。

 バランスを崩された身体は無条件に背中から心地よいクッションへと吸い込まれて、


「おまえはちょっと残っていけ」


 耳元に甘ったるい吐息がかかった。


「ねっ、姉様ッ!」

「なぁーに、別に取って食いやしないさ」


 閉められようとする扉の向こうには有巣の不意を突かれたような顔と、姫野のまん丸に開かれた瞳が遠くなる俺をがっちりとキープしている。


 ……バタン、カチッ。なぜ鍵まで閉める。


 扉は外側からばんばんと叩かれていたが「本当になにもしないから部室に戻っていろ」という会長の声が聞こえた後は静かになった。この状況でなにもしないなんてありえないだろ、そんな簡単に見捨てないでくれ。


 会長の胸の中で借りてきた猫みたいにちょこんと収まった俺は、遠くなる足音をすがるような想いで見送った。


 背中は気にしたら色々と隆起りゅうきしてしまいそうなので、無地の壁に意識を逸らそうとするがこのボリュームだとなかなか難しい。雑念ってこういうことを言うのかな。


 とりあえず甘い香りで思考能力が著しく低下した脳に現状報告。

 妖艶大将軍、神宮寺千鶴に密室監禁されました。

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